一票です
「人間は、一人一人まったく別な生き物である」、そんなことは誰だって知っているけど、大人とか、子供とか、カテゴライズしないと、認識することが出来ない。例えば、リンゴ、一つとってみても、一つとして同じリンゴは存在し得ない。例え、遺伝子とか物質的に、完全に同一だとしても、空間的に同じ場所に在ることは出来ないのだから。しかし、もし、一つ一つが違うことを認めてしまえば、人はものを数えることが出来なくなるし、リンゴはリンゴ以上の何者でもなくなる。一般論という言葉が、まったく構成出来なくなる。つまり、リンゴは赤いだとか、リンゴは甘い、という文脈が通じなくなる。「本当は同じではないのかもしれないのだけど、同じだと仮定して、話をすすめましょう」。学問の始まりはいつだって、そういう仮定が前提となっているし、その集合体たる文明社会に生きる私たちは、無数の仮定によって支えられている。もしも、この世の中が変だと思うのなら、世の中の哲学者がそうであるように、世界を一つ一つ証明してみせなければならない。まずは、プラトンを読むと良いと思います。