詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
なんとなく
わかっていたけれど
夕風は
すっかり
つめたくて
昼間の陽光も
どこかしら寂しげで
緩やかに
届かぬ夏を
受けとめる頃合です
おろそかに出来るくらいなら
思い出などと呼びません
どれもこれもが大切で
ますますわたしは
乗り遅れます
なごりの九月、
透明な駅舎には
旅人の名が集います
透明に
例外なく
ふくらんで
秋風は
吐息を白く濁らせて
透けてゆくのを待つばかり
わたしのなかの
揺るがぬ熱のひとつとしての
あなたをまっすぐ
呼ぶように
こたえてくれますか
わたしの、
わたしだけが知っている
正直なあなたへ
意地悪を
正直な
一度を一度と
この手にたしかめ
なごりの九月、
うそに不慣れな顔立ちが
あらわにきれい
すべての両極は
まるで鏡のようです
それぞれの手に
風ふさわしく
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どのページが
めくられたのか
あまりに細い指先は
忙しさの数だけ
忘れてしまう
それがつまりは
ふたりであることの
やさしさを
難しくする
純粋であるほど
不確かに
もう
どんな意味にも従わない、と
頑なになるたびに
あらたな弱みを
身につけて
そこからの深海が
約束をなすということに
間違いはないけれど
はじまりはいつも
豊かさのそと
なないろに光る
あなたを知っている
それはきっと
同じ方法で
逆さまに
なる
臆病な日よ
昔へ急げ
疑いようのない
生まれたてのすべてを
恥じらいながらも
懐かしみ
八月を
ゆく
背中の狭い教室で
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水面はしずかに
うそをつく
その
うちがわに包む
かすかな声を
時間の
呼吸
を
ひとに
こころに
えがかせて
完全なる傍観者として
何ひとつ
あばかれない
水面は
ひかりだ
そして同時に
暗がりでもある
わたしの日付が
わたしだけの物となることも
欠落することも
付加されることも
歴史、という
奥深いたやすさに
絶え間なく
たゆたう
ように
寂しさ、
わずらわしさ、
はじまり、
分岐、
夢の
形をなさない有形が
おそろしさであり
美しさでも
あるから
水面は
とまらない
何度でも
夜を呼ぶだろうわたしを
とうの昔に
運び終えている
水面たるため
ひそかに
水面は
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きみの
笑顔の理由を
そっと教えてくれないか
ぼくらはそれを
上手に広げてゆける
知らないうちに
新しくする
ささいな物を
拾い集めてゆくことが
ぼくらを作り
それとは知らずに
ぼくらは作る
ぼくらを
作る
そういう意味で世界は
途方もない
途方もなく哀しくて
途方もなく可笑しくて
それを誰かと
分け合いたくて
あてなき寒さが募りゆく
みんな孤独だ
それも恵まれすぎた孤独だ
たとえ小粒でも
実のあることが
ひとを優しく変える
みんな
不慣れに幸福だ
恥じらいも温もりも
蔑みも後悔も
ちいさな蕾
微笑みの蕾
今すぐになんて
わからなくてもいい
古いものから順番に
新しくなることだって
きっとある
知らないうちに
小粒な実なりの
夢の見頃に
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
見栄えが悪いのは
確かなことかもしれない
不器用な折り目を
きっと誰かは笑うだろう
けれど
きみの手のなかにしか無い体温を
きみにしか生み出せない安らぎを
わたしは知っているよ
きみが思うより
わたしは知っているよ
贈る前から
怯えたりしないで
肩を落としたりもしないで
きみにしか見えないひと
きみだけが見つけたひと
その喜びゆえのプレゼントなら
きみのほかには
贈れる者など無い
リボンの色ではなく
包みの中身でもなく
ましてや値段でもない
ありきたりな大切さについて
ようやくきみは
初心者になるわけだから
不安な気持ちはよくわかる
けれど
わたしは知っているから
きみから生まれたわたしには
きみが
よくわかるから
届くといいね、
そのプレゼント
かつてわたしは
もっと遠くにいたんだよ
きみに会うまでは
届くといいね、
そのプレゼント
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
過保護な獣は病みやすく
保護なき獣は
傷(いた)みやすい
野に棲(す)む者よ
たがいの荒(すさ)びが
見えないか
涼しさ寒さは紙一重
闇夜も夢も
紙一重
野に棲む者よ
たがいの叫びが
聞こえるか
風は
どこにも棲みつかない
寂しさゆえに風に捕まり
影を揺らせと
棲む者がいる
それだけのこと
月は
毎夜を憂(うれ)えない
居場所を知らぬ者たちの
視線の震えが
満ち欠けをなす
それだけのこと
この世を分けて
隔たりをも分けて
百の獣が吠える
百の野を吠える
あてにならない軽さをもって
重みに耐えかね
なお吠える
野に棲む者は
己の姿を知っている
野に棲む者の
孤独を真に知っている
狭くとも
それは果てなく奥深い
野に棲む者よ
理由はあるか
そこに立つべき理由はあるか
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胸は
すぐに
いっぱいになります
それゆえわたしは
多くを連れて
行けません
あなたを
はじめて呼んだ日に
こころの底から呼んだ日に
海は向こうになりました
永遠に終わらない海の
さかなにわたしはなったのです
おぼえる名前は
あなたが最後
知りゆくさなかで
強さを忘れる代わりに
守るべきものを
愛するべき弱みを
なくさずにいようと思うのです
おぼえる名前は
あなたが最後
親しみ慣れた空に
或いは季節に
吐息が
そっと
教えます
分身をそっと
教えます
あたりまえの物事に
立ち止まれない優しさも
思い出すことで息吹(いぶ)きます
優しさとして
わたしは
あなたをおぼえたさかなです
空色に、水色に、
静かに沈む
音色です
胸いっぱいに
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虹は
見つかることで
虹になるから
虹かもしれないね
僕たちこそが
あの虹の
おもいでの
半分くらいを
間違わずに済ませたら
上出来だとおもう
ごらん
途切れてもなお
虹はきれいに
約束をゆく
ひかりは
曲がるものだよ
折れて
はじめて
優しくなるよ
道という名が封じるものは
色づくことへの
やわらかさ
とうの昔に
満ちていた意味たちを
乾かせるはずもなく
ただ浴びている
僕たちは
何度でも
とけ合えてしまいそうな
なないろの方角に
未完をうたう
僕たちは
虹よりも
虹かもしれない
理由をそらに
一度が
すべてと知ってゆく
はかなくて
あやうさだらけの
素顔のままで
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潔いさよならを
口づけられて
風は目覚める
おびえたように
冷たく急ぎ
風は目覚める
それを
避けるでもなく
受け入れるでもなく
花は巧みに散ってゆく
孤独の定義を
連れてゆく
ここにある私も
いつか昔語りとなるならば
取り返しのつかない
過ちとして
しずかに咲く日が
来るのだろうか
幾重にも
あざやかに
嘘がための嘘として
黙って揺られて
いるのだろうか
ひとの手が
生みだすものと
滅ぼさざるを得ないもの
そのどちらにもなれない溜息を
今年もまたひとつ
幾度と知れず朱にまみれても
変わらぬ気品の
秋の途中で
私は私に
使い古される
けれどもそれは
懐かしすぎて
伝える言葉は褪せたりしない
ただ少しだけ
日に灼けやすい
大人のつもりが
長ければ
なお
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きみがまだ制服だった頃
わたしも同じく包まれる身で
あの毎日が示した未来は
いまも変わらず
ふしぎな熱です
肩掛けかばんは
いちりんの花
種という名に奔放に
駆けた時代の
証明です
信じていたものは
信じようとするこころ
互いの夢を傷つけぬよう
臆病すぎる優しさで
名も無い線路の傍らで
ちからの限りに
手を振りました
隠れそこねた涙のような
空のすきまが好きです
ときどき
わたしがまだ制服だった頃
きみも同じく教えたがりで
ようやく気がつき
うつむきました
夕日の色が
あまりに濃いと
つぶらな小石に訴えながら
明日あたり
潮騒が恋しくなりそうです
互いがまだ制服だった頃
そこに確かな年月はなく
海辺の町が窓なのです
ときを
閉じては
ひらくのです