ホーム > 詩人の部屋 > 千波 一也の部屋 > 投稿順表示

千波 一也の部屋  〜 投稿順表示 〜


[939] レイン
詩人:千波 一也 [投票][編集]


降りはじめた

雨に


傘をさすことにも

傘をささないことにも

正誤はないよね


どちらもきっと

雨だから


雨に

なるから



つちに濡れたほこりも

ほこりに濡れた

つちも


同じにおいの

雨だよね



 ねえ、レイン


 ぼくは

 ときどき

 不安になるけど


 不安もときどき

 ぼくになる


 きみは

 そういうことを

 言いたいんだろ


 それとも

 聞いていたいのか


 ねえ、レイン



降りやみそうな

雨に


わかれをいうのも

わかれを惜しむのも

明暗はないよね


どちらも雨に

ちがいないから


雨に

なるから


2008/10/31 (Fri)

[940] ひらがな階段
詩人:千波 一也 [投票][編集]


ひらがな階段をのぼる子は

おとな、がそっと

支えましょう


大きな人、では

なんだかつぶれてしまいそう


それに

大きな人、など

めったにいらっしゃらないと

思われますので


おとな、がひとり

いてください




ひらがな階段をおりる子は

おとな、がそっと

待ちましょう


時刻はとき、です

時間もとき、です


ときには

どちらも

誤りですが

よのなか案外

そういうものです


おとな、はそっと

待ちましょう


気まぐれ風な

思案にのって




ひらがな階段は

とうの昔のものでもあるし

あしたのものとも

いえましょう


おぼえたばかりの忘れもの

そういうものだと

いえましょう


くすり、とわらえば

わかるでしょうか


おとな、は

くすり、が

好きですものね


2008/11/04 (Tue)

[941] 火のみそぎ
詩人:千波 一也 [投票][編集]


十一月の夕風は

冷めかけたわたしの

うわべを

そっと


盗み聞きしていく




恥ずかしいやら

悔しいやらで

わたしは

思わず


追いかける



標的は

追いかける、という

こころの源泉

なので


身震いとともに

ゆったりと


わたしは追いかけ

歩きつづける




寒い季節には

寒々しいことばが

はやされつつも


ねがいの域を

出ないもの


吐息がそれを

物語る




ほんとの冬は火のなかで

だれかの嘘を

待っている


ぱちぱち

ぱち




喜んで


2008/11/05 (Wed)

[944] 蠍座カレンダー
詩人:千波 一也 [投票][編集]


カレンダーをめくると

またひとつ昨日がふえる

そうして明日が

ひとつ減る



わたしに数えられる

昨日と明日には

限りがある


なぜならわたしは

消えていくから



この

生まれもった運命を

ひとは互いに教え合う


見送りながら

見届けながら


ひとは

わかれの数だけかなしみを抱き

そのかなしみが

大きくなり過ぎた頃に


そっと、しずかに消えていく



カレンダーをめくると

みえない毒が指先につく


それはけっして

避けるべきものでも

避けられるべきものでもないから

積もりつもって

わからなくなる



蠍座の夜は

ほんの少しだけ、こわい


うつくしいものたちが

嘘をついてみせる

から



2008/11/10 (Mon)

[947] ことばのつるぎ
詩人:千波 一也 [投票][編集]


ことばのつるぎに

触れるとき


死にはしない、という

あたらしい嘘が

また増える




 こごえる者には

 火を着せよ


 暑がる者には

 水を撃て




やさしいはずの真心の

墓標をだれか

よく見たか




ひとを

殺めるものは、つるぎ


たとえその手が

直接だれをも殺めなくても

語ることばを持つ者は

つるぎを遠く

離れない




 よろこぶ声には

 火を放て


 かなしい声は

 水底へ




ことばのつるぎに触れるとき

さばきの音は

こぼれゆく


しなやかに



満ちあふれて、

しなやかに


2008/11/17 (Mon)

[948] つまずきなさい
詩人:千波 一也 [投票][編集]


つまずきなさい、

何度でも


ほんとの意味のつまずきに

出会うときまで

何度でも




傷つきなさい、

何度でも


深手のつもり、で

いられるうちに

癒しのすべが

あるうちに




ごまかしなさい、

何度でも


逃げみちたちが明るいうちに

夕暮れがまだ

来ぬうちに




逆らいなさい、

何度でも


自分自身のさびしさが

寄り添うときまで

語りだすまで




つまずきなさい、

何度でも


いつか

ひとり、は

ひとりの時間、は幻になる


かよわく済まされる定義のもとで

かよわく生きられるうちに

つまずきなさい、

何度でも


繰り返しなさい、

生きていることを

2008/11/19 (Wed)

[949] 潮風
詩人:千波 一也 [投票][編集]


いつかわたしも

潮風になる


いいえ、

それよりもっと目立たない

砂の声かもしれません


潮風が

きびしいながらも心地よいのは

おそらくそんな

匂いのせい




わたし、

むかしは雲になりたかった

そしてときどき

星を夢見た


もう何もかも

遠くへいってしまったけれど


うらぎり未満の

なつかしい

傷あとは


潮風のなかあらわれる




かなしみだけでは生きられない


よろこびだけでも

生きられない


この

めぐまれ過ぎた不都合を

声なきことばに

聴いている




いつかわたしも

潮風になる


けれどまだ

何かにそっと

おびえてみせる


潮風の

なか


2008/11/24 (Mon)

[950] 老夫婦
詩人:千波 一也 [投票][編集]

冬の

凍った路面を

手を取り合って

老夫婦が歩いてゆく


どちらが

どちらを

かばうでもなく


どちらがどちらに

もたれるでもない



ごく自然に

互いが互いを支え合い

互いが互いを

寄り添い合う


もう

何十年と

そんなふうにして

歩き続けてきたのだろう



ぼくはときどき

必要ということばに

とらわれ過ぎてしまうけれど


紐解いてみれば

それほど難しい意味では

ないのかもしれない




十分過ぎる暖房の

ぼくの車は信号待ち


あんなふうになりたいね、って

きみのことばに

ぼくはほほえみ

アクセルを踏む


冬の

凍った路面を

ゆっくりと

2008/12/01 (Mon)

[951] わたしに幸福を
詩人:千波 一也 [投票][編集]


わたしに幸福を、と

願えることの その幸福を

わたしは いくつも

置いてきた



 たぶん、わたしたち

 水槽のなかに

 生きている


 そこは程よく窮屈だから、

 ぬくめることも 可能だろうに

 こごえることだけ

 繰り返し


 さかなになれず

 おぼれも できず

 わたしたち、たぶん

 水槽のなかに

 生きている



わたしに幸福を、と

願わなかったことは ない


それは

まったく平たい 熱なのだから

恐れるに足らない

当然の こと



 あたりまえ、と

 思っていることも

 ある日突然 終わってしまう

 そんな歌ばかり 知っているよ

 たぶん、わたしたち

 捕らわれて



わたしに幸福を、と

願えることの その幸福を

わたしは いくつも

捨ててきた


そうして そのぶん

拾うのだろう


幾重にも

ていねいに くるんだ

幸福のなかで

 

2008/12/01 (Mon)

[952] サルベージ
詩人:千波 一也 [投票][編集]


巻き戻された、気がして


夜を

何度も聞き返す



この手が、

あるいはその胸が

用いようとする意味は

おそらく誰かの

船底だろう


唯一

月がおびえる頂




 鎖につながれた森が

 空へと凪いでゆく


 その先端に

 鍵がある



 研いではいけない

 声が、する




聞き耳を立てながら

ひとり芝居は、

終われない


束縛するものすべてを

放り投げても


ひとつにはなりえない




孤独という名の豊穣を

千年の火で出迎えて


そっと、

盗み取る


禁忌のしずく




素顔に濡れた

指さきで、いま



2008/12/02 (Tue)
747件中 (361-370) [ << 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 >> ... 75
- 詩人の部屋 -