詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
しずかな雪のあいだから
わずかに土が
見えるとき
わたしは灰の
そらを見あげる
まだそこに
凍えるものはありますか、
小さな呼吸は
ぽつり、と白く
あたたかそうに消えてゆく
この手はいつも
透明なものを握っていて
そういう事実たちに
握られてもいる
何度でも、
正確すぎる春にふれ
わたしは染まりつづけます
思い出すでしょう、
なつかしい匂いと
過ぎゆく風を
そらから始まる雪たちが
もうじきそらに終わるころ
わたしは切符の
滲みをたどる
わたしの生んだ文字たちの
姿をそこに確かめて
まもなく
列車がまいります、
いつか、のために
いつかを
乗せて
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
氷の川を
停められるのは
時の流れにせせらぐ命
つめたさを
うたう刹那が底にあり、
静けさを
砕く車輪が
渡りゆくから、
氷の川は
停まらない
だれかの水が濁るとき
あるいはだれかが
濁すとき
時々まがいの
氷が寄せる
それでも心は
まわり、まわって
だれもがそっと
川になる
だれの水にも
どんな水にも
契りの川が
きっと
ある
氷の川の
岸辺に立つとき
おのれの脚は踏みとどまる
姿をもたない言葉の流れを
知らず知らずに
聞き分けて
けれど時々
まがいの氷に寄せられて
停まらずにある
はじまりと
なる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
赤い夕日を浴びたのに
かげだけ黒い、
そのふしぎ。
草木も花も野も山も
おなじくみどりと
呼ばれる、
ふしぎ。
波の青さにあらわれて
透きとおってゆく、
こころたち。
空の青さにつつまれて
あかるく深まる、
こころたち。
こころは一体、
何いろに染まれば
よいのだろう。
黒い瞳の奥底で
澄んだ涙が
あふれる、
ふしぎ。
冷たく白い雪のなか
ももいろに咲く
この身の、
ふしぎ。
こころたち、
いつでも上手に
忘れてゆくから
いつでも上手に
思い出す。
ふしぎはいつでも形を変えて、
それでもふしぎと
見つかる、
ふしぎ。
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
空へと続く
いくつかの道すじがあり、
それらはやがて
空を流れて
空になる
それゆえ
空への道すじを
川と呼んでもよかろうか
しずくはどれも
はじめは少し冷たくて
次第に
おおきく
とけてゆく
果たしてそれが、
その
意味が
哀しみなのかはわからない
歓びなのかもわからない
それはただ
とどまることなく
ほどけてみせる
空へと続く
いくつかの道すじがあり、
わたしは時々
そこをのぼって居たり
そこをおもって
ここに居たり
する
それゆえ
空への道すじが
終わることなどあり得ない
そうしていつも
川を聴く
川はただ、
川を流れて
川になる
いともたやすく
沁みてくる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
雨のなか、
竜が
咲いていた
それは
瞳が
見たのだったか、
耳が
聴いたの
だったか、
あまり上手に
思い出せないけれど、
あ、お、
夏には遠い未熟な夏が
空へと一途に
澄み渡り、
ぬくもるような
胸の痛みが
目を
覚ます
雨のなか、
いまでも竜は
咲いている
透明に、
ひとつの雨の
無限を
翔けて
降りそそぎ、
降りそそぐ日を
咲いている
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
この世にひょい、と
生まれたわたしを
どう思おうと
わたしの自由
どう思われても
わたしは自由
つまりは
すべて、予定のとおり
未定という名が
いついつまでも
予定のとおりであるように
この世が仮に空だとすれば
わたしはいつでも
降りてしまえる
この世が仮に闇だとすれば
わたしはいつでも
照らしてしまえる
当旅客機は
必ずどこか目的の地を
どことは決めずに
追い求めます
はじめて知った青色が
透けてみえたら
素敵だね
はじめて知った青色が
くすんでみえても
素敵だね
予定のとおりの
未定の世界は
まったく
怖くて
まったく
優しい
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
夢の続きを見るために
ぬぐいきれない
やさしさに染む
夜に泣き
夜を咲かせて
また夢になり
夢の続きを見るために
つかい慣れない
火に冷める
いつからか
朝の定義が
明けなくなって
あやまちを
つないできたのは何がため
あやまちを
非難し
許し
そのたびそれが
恋しくなって
夢の続きを見るために
夢という名は
捨てられ
拾われ
くり返し
欠けては満ちる夢となる
しあわせの
具象もどこかそれと似ていて
たやすい言葉に
消えやすい
夢の続きを見るために
空からこぼれた魔術をひとつ
そっと含んで
言葉は生まれ
それを求める旅人が
無限の果てまで
重なってゆく
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
空へと放った愛の言葉は
今ごろどこにいるだろう
雨の向こう側から
しずくのひとつを
ふと、思う
空から盗んだあの日の苦みが
髪と夢から香るとき
海はきまって
凪いでいる
鏡のように
青みを満たして
ぼくたちは
空から生まれてきたけれど
たやすくそこへは帰れない
それゆえ
空を歌うんだ
ぼくたちの一部は空であり
ぼくたちの所有とはならないのが空であり
ぼくたちの全ては空であり
ぼくたちの道具とはならないのが空であり
もしかしたら、
歌っているのは
空かもしれない
おそらく空が
歌うんだ
ぼくたちの空は
どこにもない
そういうことを
ぼくたちはおくり続けている
いや、迎え続けている
その
どちらが
正しかったかを
ぼくたちは空からいつも聴いていて
そのたび自由に
流される
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
忘れ去られることは
滅び去ることと同義ではなく
ときに月夜の雨のなか
朱色の花の
面影が咲く
雲を織りなす風たちは
水の巨像を築き上げ
やわらかな片目の
やわらかな
記憶に
確かな腐食を
植えてゆく
鳥が
龍が
空かけるものならば
ひとの一途も
違わない
義務は統治であった、と
母国の言葉が
泣いている
かつての栄華の
月の底から
満ちる歴史が築いたものは
異国という身の
響き合い
闇夜を渡る舟たちは
それゆえ嘆きに沈まない
雨かも知れない
しずくが割れてゆくたびに
鮮やかに散る、
涙の主は
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
合い鍵があれば
もう片方の鍵をなくしても
問題ないけれど
大丈夫だけれど
なくしてしまおうとは
思えない
鍵のはたらきは
とびらを開けること
だから、
合い鍵ができることは
とびらを開ける道具の
増加に過ぎない
ただそれだけ
たかがそれだけ
だけど
なくして良い、とは
思わない
合い鍵があれば
もう片方の鍵をなくしても
問題ないけれど
大丈夫だけれど