詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
「シアワセ」という音で
ひとの死を表す国があったとしたら
「シアワセニナリナサイ」という
祈りの言葉が怖くなる
たとえばお金を指さして
「シアワセ」と呼ぶ国があったなら
「シアワセガホシイ」という訴えの
どこまでわたしは受けとめようか
(「シアワセ」って何だろうかね
(わからないことが
(「シアワセ」なんだろうかね
(「シアワセ」であるひとも
(「シアワセ」ではないひとも
(生きなきゃならないことに
(違いはなかろうがね
「シアワセ」という音で
ひとの誕生を表す国があったなら
「シアワセモノ」という肩書きは
誰のものにもなるだろう
たとえば悪事を指さして
「シアワセ」と呼ぶ国があったなら
「シアワセガニゲタ」という報告に
どこまでもわたしは喜ぼう
(「シアワセ」の満ちる国はあるのかね
(「シアワセ」の満ちる国は
(理想だろうかね
(「シアワセ」に満ちていようと
(「シアワセ」が不足していようと
(ひとの生きる場所に
(違いはなかろうがね
「シアワセ」が意味するものを
忘れない国があるならば
ただそれだけでその国は
十分に幸せだろう、
と
わたしはそう思う
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三つ数えたら、
きみを守るなにかになりたい、と
ひたすらに信じていた
ぼくだった
きみのとなりにいることに
多くの疑問を持たぬまま
三つ数えたら、
きみだけのぼくになろう、と
あいまいに瞬いていた
ぼくだった
きみのとなりにいることが
なんだか少しこわくって
三つ数えたら、
眠ってしまえた魔法はどこだろう、と
きみのなかのぼくに問う
ぼくがいる
きみのとなりにいることは
たったひとつの確かさで
たったのひとつも
形がない
三つ数えたら、
きみはまたきみを続けるのだろうし
ぼくもまったく同じだろうから
三つ数えたら、
ふたりの昔が
かさを増す
でも
また三つ数えたら、
それらはゆっくり消えてゆく
きみのとなりにいることで
ぼくは利口な数学者になった
忘れることが上手になった、とも言える
三つ数えたら、
今度はなにと出会うのだろう、と
ぼくはあしたを呼んでいる
きみのとなりにいることの
意味するところの
昨日のために
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透明なきもちになりたくて
見あげた空は青だった
よく晴れた
雲ひとつない青だった
春の匂いはまだ冷たくて
透明な
青の真下は
なお冷たくて
見つからない意味の底にある
五月の教室が扉をひらく
少女の指がやせ細るとき
少年の背は伸びてゆく
少女の髪が
揺れ惑うとき
少年の目は旅の途中
教科書にない言葉に満ちて
廊下は古く
薄暗い
透明なきもちになれなくて
見すてた空は青だった
よく晴れた
雲ひとつない青だった
春の匂いが恥ずかしくって
だけど
なぜだか
憎めなくって
眠れない意味の底では
みんな必ず眠るから
五月の熱は幻もどき
そうして青い教室は
だれかのために扉をひらく
かつて愛した
だれかのために
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わたしたち、
こころを生きている
だから、
そういう意味で
世界は同じ、
陸つづき
けれど
こころは、
こころの意味は、
生き方次第で変わってしまう
それがおそらく海で、
決して背けはしない海で、
わたしたちの前に
長らく横たわる
ただひとつ、
海の向こうが
陸地であることだけは
変わりなく
わたしたち、
つよがりを生きて
ほほえみを生きている
わたしたち、
つぐないを生きて
いたわりを生きている
わたしたち、
こころを生きて
海を知ってゆく
陸として
海を一から知ってゆく
わたしたち、
今日もどこかで生きているなら
ただそれだけで
世界はおなじ、
陸つづき
ときどき海に
立ち止まりながら
誰もがおなじ、
陸つづき
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煮物の味は
素朴であるけれど
素朴であるがゆえにこそ
むずかしくて
奥深い
ごらんなさい、
たけのこと
さといもと
しいたけと
なんの疑いもなく
一緒くた
わたしは
素朴に生きたいけれど
素朴に生きるということは
言葉でいうほど
たやすくない
あこがれも
とまどいも
いつわりも
どろどろになって
一緒くた
箸をほんのり湿らせる
やさしい光りに
煮物を嗅いで
わたしは
優しく
優しさをはむ
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昼下がりの海水は
まだ少しつめたくて
その
指先につたわる感覚が
はじめてのことに
思えてしまう、
いつもいつも
腕を
すべってにげる潮風は
いつか、と同じ
はじめての
笑顔
目を細め
波音のなか
それを追うけれど
けっして追いつけないから
はじめまして、と
やさしい嘘が
風に乗る
おぼえたものから
忘れていくのに
いつでも波は
うつくしい
海辺には
幾億幾千の物語が住んでいて
しおりのような、
細い足音に
目覚めるのだろう
砂とよく似た
ページを開いて
眠らない
かけらがそっと陽になじむころ、
ちゃいろの表紙は
古くなる
知らず知らず、に
少しだけ
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いたって
凡才のわたくしは
奇麗なものにあこがれます。
そうして
ちょっぴり真似をして
けれどもちっとも似合わなくって
ちょっぴり奇麗を
憎んだり。
しかしながら
やはり凡才のわたくしなので
おんなじ気持ちを貫くことなど
できません。
いたって
かんたんに
次なる奇麗と出会うのです。
こりもせず
ちょっぴり真似をして
似合わずに終わって
ちょっぴり憎んで、
そして
わたくし
気がつきました。
奏でるよりも
聞き惚れていたいのです。
描くよりも
見とれていたいのです。
演じるよりも
魅入っていたいのです。
奇麗なものに
上手にひたれる凡才肌ですから
間違っても
奇麗なものと
おなじくなれるだなんて
思っちゃいけないのです。
それゆえに
奏でるよりも聞き惚れて
このまま気楽に生きてみます。
凡才らしく
背伸びを
適度に。
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わたしは
風をおよぐのがすきだから
太陽との相性は
とてもいいのだと
思う
汗ばむ腕と首筋に
水の匂いがたむろして
わたしをいっそう
およがせる
夏にはもともと
欲が無い
はだかのけものが
勝手にさわいで飾るだけ
だから、ほら
けものの寝床と同じ匂いが
そこいら中にたちこめる
なんだかとっても
懐かしげにね
自由には
ぬるめの気温がちょうどいい
ほどよく疎遠な季節を浴びて
わたしを染める
わたしが
聞こえ、
る
もどかしい
ひかりのなかの答に触れて
わたしはゆらり、と
わたしの分だけ
夏を漕ぐ
どこまでも濃い
匂いのなかで
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水に
突き刺さることができるのは
真夏のひかり
真夏、という
ひかり
湖面にそそぐ陽光は
銀のうろこの魚に変わる
気ままに歌うぼくたちは
それを統括する竪琴で
自分にすなおな
人魚さながら
風が往く
水に映るのは
山がいい
動かない、ということが
ささやかに崩れて見えるから
そういう意味では
雲も同じ扱いになるけれど
雲は純情すぎて
ときどき
ずるい
木々のにおいは
水につながる
そのことは
実に緻密な不思議であって
緑の向こうの金色に
やすらぎながら
なお潤って
水は
自分が水であるために
真夏のひかりに
囲わせている
つとめてしずかな
命令で
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ここしばらくは
疲れ過ぎていたから
なんら記号と変わりなかった
わたしの名前
わたしを呼ぶひとは
わたしを必要としているけれど
その必要を満たすのが
わたしである必要は
どれほどだろうか
生きるということは、
傷むことなんだね
そっと
耐えることなんだね
じっと
これまでと
これからと
ひとりきりでも大丈夫
そんな弱みが
ひとりぼっちで震える頃に、
わたしだけを指す
ふるい呼び名が
聞こえ出す
戻ってはならない
なつかしい風上から
進みなさい、と声がする
逃げ出すことは、
やさしく見えて
厳しいからね
ちいさなわたしに守れるものは
この身のふるさと
あたらしさ
それが
奇跡とおもえる日まで
わたしはこの名を
生きていく