詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
適切な一秒を
わたしにください
わずかに
ずれることもなく
適切な一秒をこの身にください
この目に
何かを映すなら
光か影のどちらかを
耳に何かを残すなら
痛みか癒しのどちらかを
この手に何かを託すなら
過去か未来の
どちらかを
胸に
何かを刻むなら
記号か文字の
どちらかを
詳細に
知ろうとするほど精確な
誤作動に傷ついてゆく
わたしです
適切な一秒を
わたしにください
何度も何度も
確かめることを
やめられないこの心に
安堵を一つ与えてください
それが
約束されるなら
わたしは追い求めましょう
幸福というものの
居所を
精密な迷路で
追い求めましょう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ランプの火は
その小さなところが
ちょうど
いい
消せない名前があることや
消えない国があることを
背中でそっと
照らして
くれる
それがもし
厳しさだとか
やさしさだとか
呼ばれてしまうものだったなら
すぐにも捨てられる
道具であった
だろう
と、
煤にまみれた
ガラスの言葉を
小石を転がしながら
描いて
みる
ランプの火は
夜を渡るためのものだから
大きくないのが
ちょうど
いい
とてつもなく深い夜を
望むのならば
別だけど
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ビルの
赤い点滅が
いつまでも続いていて
いくつでも、
続いて
いて
それはまるで
飽くことのない
異国の海のようだった
東京タワーから
眺める夜は
リアルな
嘘、
だけど
リアルは
嘘の隙間で積み重なって
いつのまにか
眩しい
ガラス越しの冬は
覚えたてのカクテルみたいで
高層階は
寡黙なさかなの
水槽と似て
いた
遠く、
七色の橋が見えたとき
きみとぼくとは
手を取って
しずかな呼吸で
寄り添った
星屑みたいに
願いの数
だけ
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
春、のような水脈を
五線譜に記したく
て
少年は
夜を鏡でうめ尽くす
そして、
怯え
る
柔らかな
こころに角が
生えるとしたら、
それは
芽吹いたばかりの
夏のみず
音
凍るすべのなかへ
そっと、燃焼してゆく、
ような
耳を
ふさいで
少女は弔う
おのれが狩った
冬たちを
寄るべく岸を
遠い、なみ
だを
雨に
打たれる地図のなか、
秋は金色に
沈黙をし
て
ひたむきな瞳と真夜中とを
優しい嘘、で結んで
過ぎる
祈りへすべてが
帰れるよう
に
またたく
森で
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海へと向かう
風になりたかった
誰にも
心地よい匂いで
なんにも傷つけずに
透き通る
そんな
自由に
なりたかった
けれど
夕暮れどきの
風はいつも冷たくて
帰宅を急ぐ
心とからだは
その
方角に
うろたえていた
信じきることも
疑いとおすことも
ただ
一瞬の
わらいに
過ぎていたから
狭いベッドでみる夢は
とても
人には
語れなかった
純度の高い汗なんて
恥ずかしすぎると
逃げていたから
乗客であふれる特急に
シャツを揺らされた
線路沿い
春先は
ぬかるんでばかりだった
小道の突き当たり
風の
ぶつかる
暗い日なたで
列車はいつも聞いていた
通り道を
海へと向かう
いくつもの不自由を
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大地は
昔、空だった
けれどもいつか
空から落ちて、
大地は空を
諦めた
固く
そびえて
堅く、
沈黙をして
大地は
昔、海だった
けれどもやがて
迷子になって、
大地は海を
退いた
固く
傷んで
堅く、
おびえて
それゆえに
我らは大地の申し子である
空を称えて
海をよろこぶ
この営みは、
大地の捨てた
欠片であるから
大地は
昔、花だった
大地は
昔、虹だった
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
空をあつめて
泣いてみたいとおもいます
たったひとりで
その
重みに
耐えかねて
幸と不幸の中間あたりを
泣いてみたいと
おもいます
海は
寡黙です
わたしの向こう側で
わたしの奥底を知り尽くし
海は
寡黙です
おかげでわたしは
おしゃべりに
なりました
飛ぶ鳥は
飛ぶ、という言葉を
知っているのでしょうか
答は
空をあつめることで
わかるのでしょう
か
かもめが
嘘をたべています
そうしてまたひとつ
ほんとのことが
温もります
わたしもきっと
それと同じです
あるいは
真逆と
たとえましょうか
空をあつめて
逃げ去りたいとおもいます
わたしの知らない
わたしのために
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
物語が
生まれ続けるということは
終わりもともに
在り続けるということ
季節がひとつ立ち退くことで
つぎなる季節へ進めるように
歓喜が
終わりなきものならば
その裏側の悲愴にも
終わりはない
そのような
やさしいことほど難しく
純粋なものたちの
純粋な傷跡は
なくならない
癒えないのではなく
なくならない
雪が雨へと戻る頃
それとは逆の帰り道について
だれかが探す
けれど
春のよどみは
そうして永らく清浄なのだから
だれもが安堵して
身を寄せ合って
震えてみたり
守ってみたり
頼ってみたり
放してみたり
約束とは
破るためのものである
思いがけない温もりを
分け合うための
薪と同じ
だから
言葉はなくならない
人の弱さのふところで
人の強さを呼ぶように
ただただ遙かに
命を灯す
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あなた、
最寄りの駅はどこですか
そこから
どこへ行けますか
最寄りの
冬、はどこですか
どうして暖をとりますか
最寄りの
橋、はどこですか
どこがあなたの岸ですか
わたし、
最寄りの母を
改めました
そうしてようやく
母を見つけ、ました
最寄りの傷は
傷です、か
癒されたいだけなら
それは誤りだと思います
最寄りの愛は
孤独でいますか
理由といっしょに
お聞かせ下さい
あなた、
最寄りのわたしは
いつから生きていますか
わたし、
最寄りのあなたの命日を
ほんとに死ぬまで
泣いて、いき
ます
最寄りの時計は
どこを止まっています、か
最寄りの駅は
どこへの帰路です、
か
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
よろこびと
よろこびとが合わされば
より大きなよろこびが
生まれます
そして
よろこびと
よろこびとが合わされば
深く大きなかなしみも
生まれます
いちたすいちの
意味するところは
そうしてようやく
身につきます
わたしには
みぎの手と
ひだりの手とがあります
それだから
この手におえない数は多くて
この手から放してはいけない数は
少ないのです
あるとき
どこかのおさなごが
尋ねてきたなら答えましょう
老いたる者にも
答えましょう
たし算は
きわめてやさしい
まなざしですよ、と
きわめて強く
ほろほろ
強く