詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
いつだって
洗いたてのけものを
演じてる
そうでなければ
狂ってしまうことが
わかっているから
何億年も前から
わかっている
から
これまでに
かぜの怯えは
聞いたことがない
それだから何となく
そよかぜのうそが
小気味よい
洗いたての毛並みには
ほどよいかぜが
必要なので
ちょうど
うそと
うそとが
折り合いよくて
岸辺がいつも
すがすがしいのは
刃物のような
恐怖の
ひとつ
それゆえ時は
咆哮をする
けものの演技を
足元から
さらうようにして
さらう気もないくせに
懐かしそうな
顔をする
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もうすぐ
あなたの朝ですよ
って
きみが
あんまり
ふしだらだから
ぼくは
しばらく
夜を歌いたくなる
どちらにも
責任がないという有り様は
見ようによっては天国で
見ようによっては
地獄です
だから
言葉はここにいて
間違えることと
間違えてはいないこととを
くり返し
くり返し
ぼくらに
明滅してみせる
しかも
それほど遠くは
ないような
浪漫を
まね
て
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愛したことは幸せでした
愛されたことこそ
幸せでした
響きの
はざまの
迷いの果てに
わたしはまたも
さまよいはじめる
あなたに会えて良かった
生まれてきたわたしで
良かった
きっと
どちらも正しいはずなのに
それは一途に
許されなくて
わたしは
雨に
泣いている
聞こえるともなく
聞かされる
雨に
からだを
ひらき通してみる
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傷口が痛むから、さ
舐めてほしい
大丈夫
ここは日陰にあたるから
だれにも
言わないかぎり
日陰にあたるから
唾液の匂いって
なんだか
魚の
鱗みたい
気にしなければ
気にしなくて
済むということ
罪かどうかは
さて置き
さて置き
置き土産
なぜなら次は
傷口たちの
番だから
残すべきは
残しておかないと、
さ
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ねえ、
いつになったら
尾が生えるかな
尾が
生えたら
生えた
で
面倒なのだろうけど
ぼくは
そうやって
届かない月の美しさこそ
この世で
いちばんの
哀しみであるのだと
信じて疑わない
なきごと、
と
わらわれても
ね
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仕方がないので
この
頼りない
ゆびさきに
精いっぱいの呪文を
語るしかなくて
それでいて
そんな瞬間が
いとおしく思えて
ならなくて
自分の
横顔をふと
思い描いてみる
これまでに
一度も
自ら
望まなかった
かるくて
重たい
流行
に
そっと
流れてみる
それと同時に花びらは
じつに巧妙に
実を捨てる
それを
見つけたときの
こころの
音を
自分は
まだまだ
あらわせない
当然といえば
当然なのだけど
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扉が
しずんでしまう前に
瞳をひらく
決意をしよう
内に
あふれる
海原をのがれ
足を
こわごわ立たせる場所が
小さくてもいい
流れ着いた
この岸を
いまは
瞳に焼き付けよう
扉を
閉じるのも
開けるのも
まずはこの手に
つかんでこそ
そしてこの手につかむには
しずむより早く
扉を
扉たる理由を
見つけなくてはならない
扉は
形など持たないのだから
われわれには
それを形づくる権利が
幻としての権利が
握らされている
扉は
しずむものであるし
溶けてゆくものでもある
わき出るものであるし
舞い降りるものでもある
この手を
見つめる瞳が
もたらすこころは
どんな形をしているだろうかと
問い続けることと
扉とは実によく
似ている
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よろこびと
よろこびとが合わされば
より大きなよろこびが
生まれます
そして
よろこびと
よろこびとが合わされば
深く大きなかなしみも
生まれます
いちたすいちの
意味するところは
そうしてようやく
身につきます
わたしには
みぎの手と
ひだりの手とがあります
それだから
この手におえない数は多くて
この手から放してはいけない数は
少ないのです
あるとき
どこかのおさなごが
尋ねてきたなら答えましょう
老いたる者にも
答えましょう
たし算は
きわめてやさしい
まなざしですよ、と
きわめて強く
ほろほろ
強く
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あなた、
最寄りの駅はどこですか
そこから
どこへ行けますか
最寄りの
冬、はどこですか
どうして暖をとりますか
最寄りの
橋、はどこですか
どこがあなたの岸ですか
わたし、
最寄りの母を
改めました
そうしてようやく
母を見つけ、ました
最寄りの傷は
傷です、か
癒されたいだけなら
それは誤りだと思います
最寄りの愛は
孤独でいますか
理由といっしょに
お聞かせ下さい
あなた、
最寄りのわたしは
いつから生きていますか
わたし、
最寄りのあなたの命日を
ほんとに死ぬまで
泣いて、いき
ます
最寄りの時計は
どこを止まっています、か
最寄りの駅は
どこへの帰路です、
か
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物語が
生まれ続けるということは
終わりもともに
在り続けるということ
季節がひとつ立ち退くことで
つぎなる季節へ進めるように
歓喜が
終わりなきものならば
その裏側の悲愴にも
終わりはない
そのような
やさしいことほど難しく
純粋なものたちの
純粋な傷跡は
なくならない
癒えないのではなく
なくならない
雪が雨へと戻る頃
それとは逆の帰り道について
だれかが探す
けれど
春のよどみは
そうして永らく清浄なのだから
だれもが安堵して
身を寄せ合って
震えてみたり
守ってみたり
頼ってみたり
放してみたり
約束とは
破るためのものである
思いがけない温もりを
分け合うための
薪と同じ
だから
言葉はなくならない
人の弱さのふところで
人の強さを呼ぶように
ただただ遙かに
命を灯す