詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
空をあつめて
泣いてみたいとおもいます
たったひとりで
その
重みに
耐えかねて
幸と不幸の中間あたりを
泣いてみたいと
おもいます
海は
寡黙です
わたしの向こう側で
わたしの奥底を知り尽くし
海は
寡黙です
おかげでわたしは
おしゃべりに
なりました
飛ぶ鳥は
飛ぶ、という言葉を
知っているのでしょうか
答は
空をあつめることで
わかるのでしょう
か
かもめが
嘘をたべています
そうしてまたひとつ
ほんとのことが
温もります
わたしもきっと
それと同じです
あるいは
真逆と
たとえましょうか
空をあつめて
逃げ去りたいとおもいます
わたしの知らない
わたしのために
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大地は
昔、空だった
けれどもいつか
空から落ちて、
大地は空を
諦めた
固く
そびえて
堅く、
沈黙をして
大地は
昔、海だった
けれどもやがて
迷子になって、
大地は海を
退いた
固く
傷んで
堅く、
おびえて
それゆえに
我らは大地の申し子である
空を称えて
海をよろこぶ
この営みは、
大地の捨てた
欠片であるから
大地は
昔、花だった
大地は
昔、虹だった
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海へと向かう
風になりたかった
誰にも
心地よい匂いで
なんにも傷つけずに
透き通る
そんな
自由に
なりたかった
けれど
夕暮れどきの
風はいつも冷たくて
帰宅を急ぐ
心とからだは
その
方角に
うろたえていた
信じきることも
疑いとおすことも
ただ
一瞬の
わらいに
過ぎていたから
狭いベッドでみる夢は
とても
人には
語れなかった
純度の高い汗なんて
恥ずかしすぎると
逃げていたから
乗客であふれる特急に
シャツを揺らされた
線路沿い
春先は
ぬかるんでばかりだった
小道の突き当たり
風の
ぶつかる
暗い日なたで
列車はいつも聞いていた
通り道を
海へと向かう
いくつもの不自由を
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
春、のような水脈を
五線譜に記したく
て
少年は
夜を鏡でうめ尽くす
そして、
怯え
る
柔らかな
こころに角が
生えるとしたら、
それは
芽吹いたばかりの
夏のみず
音
凍るすべのなかへ
そっと、燃焼してゆく、
ような
耳を
ふさいで
少女は弔う
おのれが狩った
冬たちを
寄るべく岸を
遠い、なみ
だを
雨に
打たれる地図のなか、
秋は金色に
沈黙をし
て
ひたむきな瞳と真夜中とを
優しい嘘、で結んで
過ぎる
祈りへすべてが
帰れるよう
に
またたく
森で
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ビルの
赤い点滅が
いつまでも続いていて
いくつでも、
続いて
いて
それはまるで
飽くことのない
異国の海のようだった
東京タワーから
眺める夜は
リアルな
嘘、
だけど
リアルは
嘘の隙間で積み重なって
いつのまにか
眩しい
ガラス越しの冬は
覚えたてのカクテルみたいで
高層階は
寡黙なさかなの
水槽と似て
いた
遠く、
七色の橋が見えたとき
きみとぼくとは
手を取って
しずかな呼吸で
寄り添った
星屑みたいに
願いの数
だけ
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ランプの火は
その小さなところが
ちょうど
いい
消せない名前があることや
消えない国があることを
背中でそっと
照らして
くれる
それがもし
厳しさだとか
やさしさだとか
呼ばれてしまうものだったなら
すぐにも捨てられる
道具であった
だろう
と、
煤にまみれた
ガラスの言葉を
小石を転がしながら
描いて
みる
ランプの火は
夜を渡るためのものだから
大きくないのが
ちょうど
いい
とてつもなく深い夜を
望むのならば
別だけど
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
適切な一秒を
わたしにください
わずかに
ずれることもなく
適切な一秒をこの身にください
この目に
何かを映すなら
光か影のどちらかを
耳に何かを残すなら
痛みか癒しのどちらかを
この手に何かを託すなら
過去か未来の
どちらかを
胸に
何かを刻むなら
記号か文字の
どちらかを
詳細に
知ろうとするほど精確な
誤作動に傷ついてゆく
わたしです
適切な一秒を
わたしにください
何度も何度も
確かめることを
やめられないこの心に
安堵を一つ与えてください
それが
約束されるなら
わたしは追い求めましょう
幸福というものの
居所を
精密な迷路で
追い求めましょう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
鉄くずが
泣きやんだ
そんな
気がした夕暮れだから
昔ばなしはおしまい
今日はおしまい
◇
踏まれた枯れ葉が
くすっと笑って飛んでった
きっと誰しも
そうやって昨日を
語れるはずだから、ね
案ずるのはおしまい
ふやけるだけでは
重すぎるもの
◇
古い公園は
独りぼっちを嘆かない
だから
むごいいい訳はおしまい
今あるすべてを連れてゆこう
きっと、
ずっと
◇
すきま風は
呼び続けてる
いいえ、呼ばれ続けている
誰に、と
考えることが
もはや暖かいのだから
不幸な談義はもうおしまい
◇
くたびれた服と
くたびれたからだ
お互いさまで
世のなか上手にできている
だから、慰めはおしまい
今日はおしまい
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
月のひかりは
黄金めいて降りそそぐ
それは
太陽なくして
成り立たないことだけれど
うそぶき加減が身に優しくて
わたしはつかのま
あしたの重みを
脱ぎ捨てる
思えばずっと
ほんものを願ってきたけれど
にせものになる方法を
頼ったことは無い
不純でも
研ぎ澄まされたものならば
誰がたやすく超えられようか
月のひかりの黄金も
常世にそそぐ
真実であろう
中天で
偽らざる頂が輝いている
幻とは
旅にやぶれた亡者のことば
わたしのあしたは
透けてはいるが
消えてはいない
それゆえ今夜も
月を服する
聡明な
癒しの剣を
しずかに
深く
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
お金が無いと
パンを買えないように、
誰かを
そしらなければ
人とつながれません。
お金が無いと
ベッドで眠れないように、
誰かを
妬まなければ
人から認められません。
わたしが
誰かをいたわれば
その
行いは
高価な衣服になりますか。
わたしが
誰かを慰めたなら
その
報酬として
高層マンションに住めますか。
人のこころは通貨です。
使い途ひとつで
人生が変わる
通貨です。
それは
はるか昔からの風習で
もはや変えられません。
だから、ほら
皆が自分の富裕のために
こころを浪費させて
ゆく。
とりあえず、
とりあえず生きられたなら本望と、
こころが浪費されてゆく。
この国は
盛んに通貨が交わされて
まことに贅沢なものだ、と
わたしは
またひとつ
疲弊するのです。
通貨の一枚と
して。