詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
そっと胸の内にあるものは
わたしの外だ、と
わたしはおもう
はるか
空の高さを
見上げることと
なんら変わりない
わたしはここだ、と言葉を放れば
わたしの手立ては
残る以外にない
ここに
わたしとして
残る以外にない
わたしのなかの
願いやうそや隠しごと
それらに触れることをせず
届いたそぶりを続けることは
かなしい距離だけ
つのらせる
けれど
ひかりや熱やまぶしさに
届かなくても手をのばすなら
それらはきっと
触れていることになる
かなしい距離には違いなくても
追うにふさわしい
道となる
わたしがわたしに
閉じられてしまうものならば
見つめてゆくよりほかはないから
信じることが、太陽
わたしの外へ
あかるさを放て
わたしの外よ
あかるさを待て
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
二十歳くらい、かな
通りすがりの
ふたりをながめながら
ぼくはベンチに
座ってる
きみを
待つひとが
ぼくだ、ということに
きみはもちろん驚かないけど
もしかしたら
そういうことを
ふしぎにかえないために
ひとは傷む、のかもしれないね
通りすがりの
さっきのふたりを
ぼくはすぐにも忘れるだろう
たぶん、向こうも
おなじだろう
でも、時は
そのたびいちいち
傷ついてはいられない
ぼくたちは
どこから生まれ、あうのだろう
あかるい星の無言のような
靴おとのなか
ぼくは思う
つぎは、きみかな
宇宙のすみで
ぼくは
笑む
ふしぎの代わりに
精いっぱい
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
およいでいる、ということに
気がついてしまうと
溺れはじめる
わたしが
わたしを忘れることも
たいせつな息継ぎ
うまれもった、すべ
音色、という文字に触れるとき
わたしのなにかが
しずかに止まる
沈黙は
無数の波間に
ひとり、ながい
わたしをはなれた
すべての胸の
すぐそばで
雨にふられたひとたちと
雲からこぼれるしずくとが
おなじことばに
濡れている
そうしてわたしは
ときどき溺れる
水の
まもりの
きれいなそこで
流れを絶えず
あふれるものは
かたちづくることの歪み
とうめい過ぎない
器、がわたし
惑うことなく
みちたりている
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
毛布になついた匂いをかぐと
やさしくおもえる十二月
ふゆという名のまぼろしが
ふたりのあいだに
許される
つめたい風のひとひらは
ぬくもりひらく
手のための
はな
くすぐりに似た
意味たちのそこ
あした目覚めたら
どちらが先にほほえむだろう
だれにもよまれない
ひそかなしずかな小節は
よぞらをのぼる
とうめいな鳥
だれかのはるを
ほしに告ぐ
眠りのまぎわにおもいだす
なつかしいままの恥じらいは
ふたりのための
優しいとびら
そらからきこえる無数の白は
ふたりのための
予告篇
まぶたのうらに見るものを
だれもがたやすく忘れるように
染まりゆかないはじまりを
つとめてながい十二月
純白になるみちすじが
ふたりのあいだに
降りつもる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
欠点はね、
やさしく撫でられたら
十分なのです
無理をして語らないでください
いろいろな角度から
見つめないでください
寄りそうだけで
よいのです
見渡せば
みんな、いびつな形
誰もがそれをわらうけど
ほんとはそれが思いやり
繊細で
臆病な
かばい合い
欠点はね、
わかりやすいところに
置いてはだめなのです
ともすれば
通り過ごしてしまいそうな明るみで
誰もが同じくするように
普通にあればよいのです
気がついて、ほら
広大に
窮屈に
星のいのちがつながってゆく
瞳は
記憶を結ぶ糸
不思議はね、
欠点だらけの必然なのです
はるかな年月
夢見る種族を守るのです
やさしく撫でましょう、日々を
痛む理由のない
痛みを
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
吐息が
しろく曇るのを見ると
少し、安心できる
わたしの日々は
ほぼ偽りかも知れないけれど
熱だけは、進もうとする熱だけは
たしかに思えて
安心できる
いつだったろう、
ことばの寒さに触れたとき
覚えたことは方法だった
なお寒くなる道ばかり
何度も求めて信じてた
ときどき胸に
温もりとは程遠い
炎のかけらが蘇る
解くべき順番の正しさは、雨のなか
春みやる冬
夏ねがう冬
秋のこす冬
ほんとうの冬に至らないわたしは
かろうじて、まだ
雨のなか
ことばの水にめぐる季節を
乗り過ごせるのは
あといくつ
吐息をしろく曇らせながら
急ぎ、歩く
この身を寄せるべきところへ
雪混じりの風のなか
わたしは歩く
急ぎ、歩く
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
とうの昔に
ほろびていたのかも知れない
ほろびという言葉は
※
まっすぐに立ち上がること
それを叶えた
わずかなものたちのいどころを
陸とよぶ
だから
陸にうまれたことが
なにかを約束するわけでは
けっしてない
※
ゆうやけがすきだ
しかも
ときどき
こわくなるから
日をおうごとに嘘つきになる
※
あらためて
帰りたいところを尋ねられると
こたえに困ってしまう
うっすらと
みずの匂いにとけこんで
※
このまますなおに
古びていけるものだろうか
きれいな傷ばかりに
こがれていても
※
明日あたり
そらが降りつもりそうだ
すべての呼吸の海となるため
いちまい
いちまい
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
巻き戻された、気がして
夜を
何度も聞き返す
この手が、
あるいはその胸が
用いようとする意味は
おそらく誰かの
船底だろう
唯一
月がおびえる頂
鎖につながれた森が
空へと凪いでゆく
その先端に
鍵がある
研いではいけない
声が、する
聞き耳を立てながら
ひとり芝居は、
終われない
束縛するものすべてを
放り投げても
ひとつにはなりえない
孤独という名の豊穣を
千年の火で出迎えて
そっと、
盗み取る
禁忌のしずく
素顔に濡れた
指さきで、いま
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
わたしに幸福を、と
願えることの その幸福を
わたしは いくつも
置いてきた
たぶん、わたしたち
水槽のなかに
生きている
そこは程よく窮屈だから、
ぬくめることも 可能だろうに
こごえることだけ
繰り返し
さかなになれず
おぼれも できず
わたしたち、たぶん
水槽のなかに
生きている
わたしに幸福を、と
願わなかったことは ない
それは
まったく平たい 熱なのだから
恐れるに足らない
当然の こと
あたりまえ、と
思っていることも
ある日突然 終わってしまう
そんな歌ばかり 知っているよ
たぶん、わたしたち
捕らわれて
わたしに幸福を、と
願えることの その幸福を
わたしは いくつも
捨ててきた
そうして そのぶん
拾うのだろう
幾重にも
ていねいに くるんだ
幸福のなかで
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
冬の
凍った路面を
手を取り合って
老夫婦が歩いてゆく
どちらが
どちらを
かばうでもなく
どちらがどちらに
もたれるでもない
ごく自然に
互いが互いを支え合い
互いが互いを
寄り添い合う
もう
何十年と
そんなふうにして
歩き続けてきたのだろう
ぼくはときどき
必要ということばに
とらわれ過ぎてしまうけれど
紐解いてみれば
それほど難しい意味では
ないのかもしれない
十分過ぎる暖房の
ぼくの車は信号待ち
あんなふうになりたいね、って
きみのことばに
ぼくはほほえみ
アクセルを踏む
冬の
凍った路面を
ゆっくりと