詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
沈んで
いかなければならない
そうして深く
呼吸にもがいて
戸惑わなければならない
夢と
そっくりなものたちは
やはり、夢以外の
なにものでもない
だから、
誰かの窓に
枠組みなどを
探してはいけない
そういうことを
探さなければならない
広く
傷ついて
あかるい癒しを
渡らなければならない
わかりやすさは
思いのほかに難しいのだ
生まれもった手のひらに
やさしい名前を
載せるため、
風を
風のつよさを
握らなければならない
頼りなさを
よりどころにせず
捨て置きも
せず
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わたしから
こぼれるものは
いくらでもある
けれど
わたしはそれを覚えない
まるで
狭い空き缶さながらに
空をあおいでは
たやすく空に
うばわれて
ゆく
わたしはいつも
満たない
けれど
おそらくそれが
乾きのめぐみ
ほら、
水面のうまれる音がする
わたしから
はがれる願いは限られていて
透きとおるさかなの
うろこのように
誰かがそれを
身につける
そして、
わたしたちは受けとめ合う
互いにみえない
互いの背中で
風の行方を
流れ合う
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いまは
ちっぽけな木の枝も
十年、二十年の歳月をゆけば
おおきく生長を
とげる
その、
生長をとげた木の枝のもと
だれもが心地よく
風に吹かれるような
あかるい午後が
続けばいい
木の枝を
まっかに染める血の色や
木の枝に引っかかる
骨の暗さや
木の枝のもとで
息絶えてゆく兵士の姿を
わたしは知らない
わたしは
戦争を知らない
知らないままで、いい
いつか、
ちっぽけな木の枝の生長に
「おおきいね」って
だれもが言葉を
そろえるような
平和がずっと
続けばいい
こころを痛める記憶を持たず、
ただただ未来へ
駆けてゆく
そんな地平が
続けばいい
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きのうを飾る
わたしの言葉の裏がわで
だれかの爪が
あしたを研ぎます
輝こうとする意思は
ばらばらに統一された
石として
きらきら、と
眠るのです
しまい忘れた
鏡の奥で
炎と土とを
みごもる水は
しずかに毒を清めつつ、
みな
頑なに
壊してゆきます
慣例という免疫は
ほろびの音色、
おそろしく
美しく
そそぎます
ふたたび、
ふたたびの上澄みに
取り残されて
夜は
さびしく
溢れてゆきます
ただ、夜を
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空から
落ちた日のことを
おぼえていない
海を
ながめることを海として
その浅きをのがれる
すべにおぼれる
太陽はもう
ことばではないけれど
確かにぬくもる
手立てはわかる
雨にも
風にも
こころがあるということ
たとえもう聞こえなくても
わたしたちが物語なら
それだけでよいのだと
わたしは、そう思う
さりげないあやまちを
たやすく過ぎ去る微笑みは
けっして常ではありえないから
必ず
この手は
つかみそこねる
たとえばかなしい理由について
はぐれてしまう
けれど、
それでよいのだと
わたしは、そう思う
花の
なまえの咲くなかで
大地とよく似た
孤独に立って
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アラスカ、はこのあたり
こちらは
確かチベット、で
この一帯を
つらぬくものは
ナイル河
なまえや場所や
線の色
わたしは
わたしを
支配して
それらをなぞる
ほら、
知らないことが
上手ににげてゆく
にくしみは、あの日陰
あちらの声は
たぶんに、歓喜で
ふしぎを滅ぼす
ふしぎが
満ちる
くるくる、と
地球儀をとりかこんで
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(どこへ
(飛びたったのだろう
ある晴れた日の、
見知らぬ誰かの離陸がまぶしい
(ぼくの日常は
(すこしだけ寂しくて
(それが全てではないけれど
(確かにそうだけど、
(うらやまして
(目を細くする
快晴だから、
ぼくの日常が
はっきり見えて
ぼくはただ車輪のように
空を見上げる
まっすぐに降りてくる
誰かの瞳を
よけながら
(ぼくはまた
(飛びたてるだろうか、
(こころと
(夏を
(ぼくはまだ、
ぼくを飛びたった
見知らぬ誰かのこころから
あらたに誰かが
飛びたって
まぶしい日々は
くり返される
やわらかに、
曲がりをはねのけて
着陸のあと
から
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灯台は
海をさがしている
それゆえずっと
船にすくいの
手をのべる
灯台は
自らの眼を
ながらく持たない
おのれを見つめるものたちの
ことばの向こうを
ただ聴いている
海は
遠くで海を呼ぶ
その
容易ならないかなしみが
いつしか岸辺を
なしてゆく
灯台は
そういうところに
たっている
船は
ひとつの大きな
海をなす
ちいさな無限に
砕かれながら
海をなす
灯台は
海をさがしている
それゆえ船は
終わらない
海が
ことばを
止めないかぎり
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よく晴れた日に
おまえは旅立ったから
空に
おまえを探して
けれど、見つからなくて
わたしはなおさら
寂しくなった
道ばたの
すこし汚れた草たちが
いつかの昔とよく似て揺れる
空はあかるいから
いつまでも、いつまでも
わたしは思い出してしまう
よく晴れた日に
おまえはいってしまった
それはおそらく
幸せなことだろう
こころよく
すがすがしいのぼり道を
おまえは駆けてゆけるから
わずかな雲間から
おまえが顔を出しそうで
わたしはいくたびも
見上げたけれど
もう、おわりにしなくちゃね
よく晴れた日に
おまえは旅立ったから
わたしはわたしを生きていこう
おまえが残したあかるさで
わたしはわたしを
照らしていよう
ありがとう、の代わりに
ただただ
ありがとう、の代わりに
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これからぼくは
いくつのことばを殺すだろう
それを
知らずに生きぬいて
いつか必ず殺されるだろう
ことばへ死にゆく
ぼくなのだから
これからぼくは
いくつの廃墟にうまれるだろう
壊れたすべては
二度とはうしなわれない
透明に
色彩を盗むゆめのなか
しずかになされるはじまりの火を
ぼくはどれだけ
覚えるだろう
これからぼくは
いくつの死から嫌われるだろう
明るいものを
明るいままに遠ざけて
繊細に
ただ繊細に
のがれるぼくは
いくつもまもりを壊すだろう
追いかけてゆくことは
かなしいいのちの習いだと
ぼくはまだ知らずに
いる
これから、
これから、
ぼくのなかのぼくだけが
あふれてしまう
ぼくのためのはずの
ぼくの外側へ