詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
コンクリートの隙間へ
手をひたすとき、
かなしい人魚の
ほほえみが
過ぎる
その、
行方を追いかけやめた目の
放ってみせる空には
青のにじみが
よく似合う
すぐにも
こぼれ落ちそうな
涙をおよいで、
街は
きょうもまた
波間を乗りちがえてゆく
まっすぐに
きれいな虹の
罠にかかって
まっすぐに
体温を
はじめておぼえた
メロディーは、
ブルー、
または、ブルー
海ゆく鳥が
さかさまに捨て去る
つぼみの向こう、
ひかりは惑いを
満ちてゆく
澄みわたるなら、
鏡のために
無数に
くだける
いざないのため
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一枚の葉がふくむ記憶は
みどりにそまり
やさしく香る
かぜは
ときおり険しいけれど
その手をのぞみ
樹木はそよぐ
世のなかに
なごみの満ちた
晴れ間がつづけばいい、と
ねがいは絶えない
確かに
絶えない
それでいて
だれかのささやかな幸せを
素直には飲みこめない
わたしがある
のちのち
それを悔やむから
すこしは救いもあるけれど
ささいな雲にさえ
たやすくおびえてしまう
わたしの
ひと夏
一枚の葉にゆれる記憶は
それとはなしに
無限をかたる
空を
のぼるすべは果てしなく
通りすがりのよこがおとして
わたしもまた、なにかを
わすれる
ひとつの
実りを実りきる、
不慣れな
葉月に
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鎖骨の
においが
こぼれ落ちたら、
さかなのゆめに朝がくる
ことば未満の愛を交わして、
ゆっくりとたしかめる
てあしの記憶
水の
においの
シーツを背中に
羽をひろげるまねをして
ふたり、
月を宿している
鍵穴とも呼べそうなそれは
ひみつ、ではないから
ほどよく闇を
ひかって
みせる
真夏の午後へわたる風には
いつでも素顔を
そよがせて
やがては滅ぶたいようの
かなしみはまだ、聞こえない
いたずらじみた眼差しで
数えてよろこぶ
くちづけに
ふたり、
つがいの色になる
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ときの
残り火を
消すように
ゆっくり
無言は敷き詰められます
夜の鏡を
おそれた時代が
あったはずですね、
なにも語らない目も
十分に言葉でありますので
思い出してみませんか、
魔法を
魔法をためしてみせた日の、
うたがいをはらいのける
その魔法を
言葉なきものが
うまれた理由を知っていますか
耳を澄ませば
降り積もります、
ひとびとの
手に
おぼえていますか
ねむりはじめた窓のそと、
記憶をむかえに
参りましょう
砂漠を
つかのま
うるおしてゆく
無限の隅の
花として
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たやすく
燃え尽きてしまうわたくしの
遙か
かなたに
星はかがやく
そこへ
届きはしないものか、と
たびたび指を
差しだすけれど、
風と
絡まり
いろなき音に
とらわれる
ごらん、
幾億ともしれぬ
ともしび
を
あのもとで
転がるひとつ、が
わたくし
なのだ
繰り返される生き死にも
ひとしい軌道の
鉄道なのだ
むずかしく
ながれ去ろうとするわたくしを
遙か
かなたで
拒む声がきこえる
ごらん、
わたくしを
奏ではじめた星たちを
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そっと
腰を下ろし
いつものひとりに戻るとき
うるおいじみた
乾きがあふれ
ぼくは
あわてて
目をとじた
思い出はいつも
胸に痛い
握れるものの少なさが
はっきりわかって
しまうから
ぼくらの言葉は
気泡のようで
海の
世界の
生きものみたいだ
夏の季節を
離れられずに
けれどもそこを
うまくは
泳げず
淋しさを
かくまうことで
なお募りゆく淋しさに
しずかなほのおを
ぼくは見た
いともたやすく消えてしまう
おだやかな火を
ぼくは見た
ときを飲みこむ
水の気配に
ちいさく胸を
ふるわせて
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空の高さに
かなうはずもないぼくは
ちいさな背中を
恥じらって
その、
重みに沈みこむ
けれど、きみは
願いごとを
ていねいに隠してみせるから
ぼくは
やさしく
負けることができる
遠くばかりを
見つめていた、と
きみの描く未来には
なにがあるべきだろうか
ぼくの知りうることは
なにもわからない、ということと
それを見つめるいまが
いつかの昔の未来だった、
ということ
ねえ、
空の向こうにはきっと
きみの名前がいくつもあるよ
ぼくは
それを確かめたくて
ときどきそっと
嘘になる
きみをのせて
どこまでも落ちてみせようか、
弱さが
ひとつの
ちからなら
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あした、
涙がかわいたら
海を迎えに行きましょう
果てのみえない
かなしみの
ひと粒として
あらわれましょう
雨が降っても良いのです
風が吹いても良いのです
いっそ
とおくへ運ばれましょう
混ざりつくせぬ
よごれをもって
きらきら
だれもが砂の船
貝殻は、
おのれにまつわる語りについて
ほんのわずかも知りません
静かに
たしかに
ときを紡いで
そこから一歩も
動かぬ巡りをわたるのです
きこえませんか
向き合えば、ほら
透明になるかなしみが
あした、
言葉がかわいたら
海を返しに行きましょう
波の
手にふれ
かさなり合って
ひと粒ずつの
海をなす
ため
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両手に
すくい上げた水の
清らかさもすずしさも
やがて乾きをたどります
両手を離れ
あるいは、両手という
はじまりを伝って
しずかに水は
果てるのです
救い、という字は
すくい、と読みます
すくい上げた水のなか
かような言葉が
こぼれます
ちから無きものが
更にちから無きものを
請うようにして
祈りや願いを
続けてきました
両手を満ちる非力さに
まっすぐ曲がらず
来たのです
だれもが
河でありましょう
巣くう、を
すくう、と読みながら
やさしい支流を
なすのでしょう
いつか
寄る辺に惑うとき
さかなは跳ねて教えるでしょう
落ちるしかない音だとしても
生まれる意味の上澄みに
ひとりの光が
あることを
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散らばりながら 宝石は
その名を きれいに
縁取って
なお美しく
ひとの手を とる
散らばって ゆく
こころのそとで
おどりはいつも
鮮やか だ
手 を逃げるのも
手に 逃げる
のも
巧みな飾りに 値する
それら、
あまりに自由な
ほこりの ほのおに
魅せられて
あお られるのは
星座のかたり
散らばりながら 宝石は
傷つくための
傷から 離れる
ただ美しく
ひとの手を とり