詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
微笑みがこぼれると
それをよろこぶ
ひとがいます
わたしにはのぞけない手紙が
おそらくそこで広がるのでしょう
愚痴をこぼすときも、
そう
溜め息は
誰かのなかで
読めない文字へとかわります
乾ききらない気配となって
わたしを知らない
手紙、のように
汗や涙を飲み込んで
ことばか、こころか、
どちらとも言えそうな手触りに
わたしは濡れて
長らく雨天を
過ちました
一枚の切手として
出来うることは
何でしょう
確かなことは
運ばれ続ける日々のなか、
ときどきわたしも
運べることです
遠く、
おぼろな背中さながらに
頼りきれない温もりが
わたしの胸に
届くとき
愛、を呼んでもいいですか
ささやかながら
誇りをもって
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昨日のために
誓いをたてよう
むかしはどこだ、と
きみが寂しく迷うとき
ここだ、とぼくは
立っていよう
延長線というものに
なじみきれない若さとは
なによりもかなしくて
なによりも
美しい、
ぼくは
そんな気がする
そういう意味において
傷つくすべてを、
ぼくは嫌わない
その逆は
嫌いだけれど
昨日のために
しるしていよう
影も
疑いも
わずらわしさも
正解だった、と
守っていよう
ちいさな声
でも
いくらでもある道に
敢えて背かずには
いられないから
たやすく選ぼう
むずかしい揺られ方を
昨日のために
ぼくたちは
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終焉を
もてあそぶような三日月に
果実をおもう夜、
つめたさを傾いて
遠吠えがゆく
牙をおそれることの
その、狭義に背いてゆくなかで
切り立つ岩の寂しさに
みとれてしまう
刻一刻、
と
なだらかな平野には
触れられない視線の果ての
頂上が、
幾つも鋭く
嘆きのすべを失っている
拒絶を凪いだ難破船として
あまりに優しい集約は
草むらに、陰る
縛りつけられた内と外とに
見殺す爪をただ、
映えさせて
混ざりあうものたちの
聡明な双璧が、
純真と
息吹に砕かれ
蒼白になる
夢のはざまに濡れて匂いだす夜、
三日月たちが
燃えてゆく
瞳孔のなか、を
実直に
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ページをめくると
とおく、の定義がお辞儀をみせる
わたしだけがみえない
わたしの仕草の輪郭が
えらばれた文字列のなかで
呼吸をしている
整然として
あきらめの途中だったり
秘密裏のみちくさ
だったり
それらは
漠然とよぶ宝石、のように
ほこりの底から
よみがえる
きれいに描く技法について
さがした指が染めていた、のは
落ち着きかおる
紙切れの色
窓のむこうに
そっと腰をおろすとき
じょうぶな椅子がわたしを試す
まるで無邪気に無言を誘って
ごきげんいかが、と
揺られて揺れる
インクをこぼしたあの空が
かき消す風を吹かせても
わたしは、わたし
一線を画して
幻をたつ
かろやかすぎず重すぎず
表紙をすべり
はだ色に
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こみあげる、面影に
迷子にならずにすむように
素足をそっと
しのばせる
そこはことばの
向こう側としてのことば、
のような
汲みあげられたものにだけ
いたみのきらめく
癒しの水辺
とても
おそろしいことが
やさしく呼ばれる、いつか
裏切らないところから
逃げてしまった、
みずからの
疑問
いさり火を消すものが
もうじきここから見えるだろう
祈りのひとつとしての
黎明に
克明として
ならわし、として
こみあげる、楽章は
さまよえる舟
いくつもの
軽重の
めぐりあう掟、はなくて
素顔のままに
かよい合うゆるし、
のように
真実が、みな
はかりかねられている
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わたしたちを、
平等に迷わせる不規則性
未完成であることだけが
確かな終わりを撫でている
いつもいつも
こぼされてゆく気配のなかに
鵜呑みにされた
わたしたちが
いて
かき混ぜられて、
未来を
つぶやく
「やさしいわがままがあるとすれば、
「いいえ、
「それは軽んじられ過ぎた細やかさとして
「すでに
「手遅れに、
「そこかしこに千切れている、もの
透明にはずれてゆく疑い、
或いは
それらの重なりに
のせられてゆく過ち
よどみなく
けがれてしまう純粋さのわけは、
なぜだっただろう
日付をずっと消せないような
罠たちの永遠に
入口は、ない
なすがまま
出口を頼っていたのだろう
気づいていけない痛みを連れて
築いてしまう、
わたした
ち
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ひとり暮らしのテーブルに
しばらくぶりに野菜がいます
使い古された
タッパのいろと
サランラップのしわくちゃ加減
レンジひとつで済まされる手軽さは
とってもチープで笑えてしまう
それでいて、疲れたからだに
心底やさしい
ちゃんと食べてるのかい、だとか
からだをこわすんじゃないよ、だとか
どこにも売っていない言葉とこころとを
今夜、あらためて
いただきます
ありがとう、だなんて
けっして素直に言えやしないから
まだまだ心配していてください
育ち盛りのばかものを
ほどよい距離で
ずっと、元気で
満ち足りたふり
なに食わぬふり
弱くはないふり
それら、ごまかし全てを聞くように
今夜のご飯はあたたかいから
あしたもきっと頑張ります
あなたの子どもは元気です、
はい
わかる、ということは
ときどきとてもむずかしいのに
しばしばたやすくたずねます
あなたに生まれてよかった、と
とおく離れた食卓で
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ひとが
つとめて
恥じらえるよう、
糸はほつれに優れています
こころ
こまやかに
誰もが夜を縫いかねて
きらめく星に
焦がれてしまう
かばい合う布として
擦り切れやすさを離れていかず、
思い
思いに
火と水は
すべからく
かよわきことがはじまりです
原罪の果て
どこにも咲かない救いのために
うまれて喜ぶいたみを綴り、
声はつむぎます
途切れ、そのものを
針の
ほそさが
染みわたるよう、
ひとは逆らい棲むのでしょう
澄みゆくやみの
鮮やかさ
もっともきれいなあざむきに
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
いつからか
従えずにはいられないような
ある種の隷属のなかで
炎をおぼえた
つめたい石を蹴飛ばしながら
無言の
雨に
含まれ、ながらえ、
水たちの森は
鏡をとおり吸いあげられて
知らないことばが
よみがえる
いくつもこぼれた過ちを
ついばむ小鳥の
一羽となって
灯り、
ほのかに
まがいもの、かも知れない
朝がくる
根を張る禁忌に
背かれ続けているような
樹木の日々を
束ねては
畏怖のかたちに冴えていた
燃されず火を散る
葉脈として
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ふたつの手のひらを
使いこなせない昼下がり
耳を澄ませてわたしは
しずかに風を
遮断する
すべては
それとなく遠い気がして
けれども確証はなくて
言えずに続いた
願いごと
そっと
拒み通してきたあれこれが
わたしの向こうで
陽を浴びている
翼はいつも
やさしく落ちていて
羽ばたくものを
聴いていた
嘘かもしれない瞳のなかに
いくつも窓を磨かせて
待つ身をいつしか
とまどいながら
ふるえる歌に
消えないように
野原にかくれた幼さを
差し出すように
花の咲くとき
わたしはひみつの
教え子になる
透けるばかりの手紙の文字に
そっと涙を温めながら
ひとつの意味を
手がかりに
して