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千波 一也の部屋  〜 新着順表示 〜


[835] 肺呼吸
詩人:千波 一也 [投票][編集]



胸は

すぐに

いっぱいになります

それゆえわたしは

多くを連れて

行けません



あなたを

はじめて呼んだ日に

こころの底から呼んだ日に

海は向こうになりました


永遠に終わらない海の

さかなにわたしはなったのです



 おぼえる名前は

 あなたが最後


 知りゆくさなかで

 強さを忘れる代わりに

 守るべきものを

 愛するべき弱みを

 なくさずにいようと思うのです


 おぼえる名前は

 あなたが最後



親しみ慣れた空に

或いは季節に

吐息が

そっと

教えます


分身をそっと

教えます



あたりまえの物事に

立ち止まれない優しさも

思い出すことで息吹(いぶ)きます

優しさとして



わたしは

あなたをおぼえたさかなです

空色に、水色に、

静かに沈む

音色です


胸いっぱいに


2007/10/10 (Wed)

[834] 野に棲む者
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過保護な獣は病みやすく

保護なき獣は

傷(いた)みやすい


野に棲(す)む者よ

たがいの荒(すさ)びが

見えないか



涼しさ寒さは紙一重

闇夜も夢も

紙一重


野に棲む者よ

たがいの叫びが

聞こえるか



風は

どこにも棲みつかない

寂しさゆえに風に捕まり

影を揺らせと

棲む者がいる

それだけのこと


月は

毎夜を憂(うれ)えない

居場所を知らぬ者たちの

視線の震えが

満ち欠けをなす

それだけのこと



この世を分けて

隔たりをも分けて

百の獣が吠える

百の野を吠える

あてにならない軽さをもって

重みに耐えかね

なお吠える



野に棲む者は

己の姿を知っている

野に棲む者の

孤独を真に知っている


狭くとも

それは果てなく奥深い


野に棲む者よ

理由はあるか

そこに立つべき理由はあるか


2007/10/10 (Wed)

[833] プレゼント
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見栄えが悪いのは

確かなことかもしれない


不器用な折り目を

きっと誰かは笑うだろう


けれど

きみの手のなかにしか無い体温を

きみにしか生み出せない安らぎを

わたしは知っているよ


きみが思うより

わたしは知っているよ



贈る前から

怯えたりしないで

肩を落としたりもしないで


きみにしか見えないひと

きみだけが見つけたひと

その喜びゆえのプレゼントなら

きみのほかには

贈れる者など無い


リボンの色ではなく

包みの中身でもなく

ましてや値段でもない

ありきたりな大切さについて

ようやくきみは

初心者になるわけだから

不安な気持ちはよくわかる


けれど

わたしは知っているから


きみから生まれたわたしには

きみが

よくわかるから



届くといいね、

そのプレゼント



 かつてわたしは

 もっと遠くにいたんだよ

 きみに会うまでは



届くといいね、

そのプレゼント


2007/10/04 (Thu)

[832] 小粒な実
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きみの

笑顔の理由を

そっと教えてくれないか


ぼくらはそれを

上手に広げてゆける

知らないうちに

新しくする



ささいな物を

拾い集めてゆくことが

ぼくらを作り

それとは知らずに

ぼくらは作る

ぼくらを

作る


そういう意味で世界は

途方もない


途方もなく哀しくて

途方もなく可笑しくて

それを誰かと

分け合いたくて

あてなき寒さが募りゆく


みんな孤独だ

それも恵まれすぎた孤独だ


たとえ小粒でも

実のあることが

ひとを優しく変える


みんな

不慣れに幸福だ


恥じらいも温もりも

蔑みも後悔も

ちいさな蕾

微笑みの蕾



今すぐになんて

わからなくてもいい


古いものから順番に

新しくなることだって

きっとある


知らないうちに

小粒な実なりの

夢の見頃に


2007/10/04 (Thu)

[831] 運河
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水面はしずかに

うそをつく


その

うちがわに包む

かすかな声を

時間の

呼吸



ひとに

こころに

えがかせて

完全なる傍観者として

何ひとつ

あばかれない



水面は

ひかりだ

そして同時に

暗がりでもある


わたしの日付が

わたしだけの物となることも

欠落することも

付加されることも

歴史、という

奥深いたやすさに

絶え間なく

たゆたう

ように


 寂しさ、

 わずらわしさ、

 はじまり、

 分岐、


夢の

形をなさない有形が

おそろしさであり

美しさでも

あるから

水面は

とまらない



何度でも

夜を呼ぶだろうわたしを

とうの昔に

運び終えている

水面たるため

ひそかに

水面は



2007/10/04 (Thu)

[830] 八月の教科書
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どのページが

めくられたのか

あまりに細い指先は

忙しさの数だけ

忘れてしまう


それがつまりは

ふたりであることの

やさしさを

難しくする


純粋であるほど

不確かに


 もう

 どんな意味にも従わない、と

 頑なになるたびに

 あらたな弱みを

 身につけて

 そこからの深海が

 約束をなすということに

 間違いはないけれど

 はじまりはいつも

 豊かさのそと


なないろに光る

あなたを知っている

それはきっと

同じ方法で

逆さまに

なる


 臆病な日よ

 昔へ急げ


疑いようのない

生まれたてのすべてを

恥じらいながらも

懐かしみ

八月を

ゆく


背中の狭い教室で


2007/09/24 (Mon)

[829] なごりの九月
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なんとなく

わかっていたけれど

夕風は

すっかり

つめたくて

昼間の陽光も

どこかしら寂しげで

緩やかに

届かぬ夏を

受けとめる頃合です



おろそかに出来るくらいなら

思い出などと呼びません

どれもこれもが大切で

ますますわたしは

乗り遅れます



 なごりの九月、

 透明な駅舎には

 旅人の名が集います

 透明に

 例外なく

 ふくらんで



秋風は

吐息を白く濁らせて

透けてゆくのを待つばかり

わたしのなかの

揺るがぬ熱のひとつとしての

あなたをまっすぐ

呼ぶように



こたえてくれますか

わたしの、

わたしだけが知っている

正直なあなたへ

意地悪を

正直な

一度を一度と

この手にたしかめ



 なごりの九月、

 うそに不慣れな顔立ちが

 あらわにきれい


 すべての両極は

 まるで鏡のようです


 それぞれの手に

 風ふさわしく


2007/09/24 (Mon)

[828] 透いてゆく
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泥を

振り払おうとする腕こそが

いつまでも拭えない

泥かもしれない


確かめようの無いその有様を

透明である、とは

誰も語らない


そこでまた

ひとつの泥の

可能性が

散る


それは

おそらく透明な

おそろしい鈍さの

広がりになる



片腕は

ほんとは誰とも重ならない

それゆえひとは

闘うのだろう


支えの形をなくさぬように

たとえ誰かが

泥まみれと

笑っても

様々に

守るのだろう



すべてのひとの

肩代わりをするように

いつでも風は

透明である


まるで

背負い過ぎたものを

放す手がかりのように

あまりに自由に

不透明である


もう

追えないだろうか

不自由でも

透明に


2007/09/11 (Tue)

[827] ライト、ライト、ライト
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正しい人は

どこにもいないけれど

正しさを求める人は

たくさんいるね


むずかしい顔はやめにして

軽く、

答のようなものを

肩に乗せてみるのは

どうだろう



きみの知る雨風は

ぼくのそれとは重ならない


たとえば

明かりを必要とする夜のひと粒が

一枚の景色としてめぐるように

それは

だれにも責められない

不安のかたち


はじまりを知らない音楽のような

もう、

笑うよりほかに

すべなど無いような

強固なかたち



正しい人はどこにもいない

正しいことなら

空席のまま


軽やかにいつも

孤独のつもりと戦いながら

きれいな逃げ道に

なってゆく


はずむ、

明かりは短いとしても

そういうふうに束の間に

追いかけることで

すこやかに



 ライト、ライト、ライト、



きみが

きみである理由を言ってごらん

ぼくは

それをひとつ

頂戴するよ



2007/09/11 (Tue)

[826] 届かない空に
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そこは空かと問うたなら

鳥はきれいに黙して

はばたく


そのたび言葉は

空から遠いわたしの胸を

いやしの為に

傷つける



 幻はまだ

 あこがれとしての痛み


 選ぶ言葉を

 余すところの不自由を嘆いては

 羽に震わせている

 ほんとうの自由


 嘘にはなりきれない

 その愚かさを離れられずに

 届かないということの

 疑わしさに

 目を瞑る



誰かの背中が空を負うとき

なにを飛ぶべきだろうか

わたしの鳥は



 誤った言葉が

 とても近くにある


 知らず知らずに親しめば

 いつしか孤独が

 怖くなる


 それほどまでに

 空を知りつつ

 綴りは続く

 まだまだ

 遠く



届かない空に

わすれられた日は

知らない軌跡が

おとずれる


きれいに深まる

はじまりの

ため


2007/09/04 (Tue)
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