詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
明るいうたは明るくうたおう
明るくないうたも明るくうたおう
そうすれば
必ず
いつかどこかが壊れてゆくよ
治すというのはそういうこと
沈みのうたは沈んでうたおう
沈まぬうたも沈んでうたおう
そうすれば
必ず
浮いているかたちを知ってゆけるよ
のぞみはいつもそこからはじまる
好きなものを好きだと言えることは勇気だと思う
嫌いなものを嫌いだと言えることも
勇気だと思う
けれど
そのふたつを重ねてしまってはならない
おそらく
重ねてしまってはならない
ふたつのかいなに櫂を分け持ち
等しくはない配分のちからだとしても
ふたつのまなこの捉えるものが
一つという名のまぼろしだとしても
その危うげな姿があるからこそ
潮騒はやむことを知らず
誰かが
誰かの
言葉となる
漕ぎゆく者へこのうたを
ふたつの鼻孔へ
ふたつの耳へ
ふたつの頬へ
ひとつの舟へ
漕ぎゆく者へこのうたを
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
どんな無意味さが
待ち受けているだろうかと
指を折った数もとうに忘れて
そんな迂闊さをおもいだした朝に
隣人は発ってしまった
なつかしい名前を
書き置きに残し
春はふところ
広く深くと願いを提げて
あらたな一歩の小さいことを
やわらかに知り
夢をかぞえる
夏は唇
次から次へと流れるうたは
いざなうせせらぎ
濡れゆくあそび
秋は肩幅
ふるい扉に合う鍵は
夕刻のたびに錆びついて
おのれの影の細さを見つける
さびしく鋭く
冬は指さき
星座のなぞりに雪明かり
厳しさの輪は
やさしいまもり
意味を与えることの一方通行に
流れをうながすものが風
産声は遙かに確かに
まどろみの奥のまどろみに
発つため或いは迎えのための
さすらいに笑む
きのうの火はきょうの水
あすには火にかえる
風のおわりに例外はなく
風のおわりに例外はなく
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
むらさきいろの約束は破られることなく
野の一面に揺れる香りは
けものの匂いに
けがされない
いろと香りがラベンダー
あまりに無知な
目と鼻の先で
しずかに夏は終わりへ向かい
かるい汗のしたたりに
ハンカチが浅く溺れている
あらゆる書物をほどいてみても
はかないものの名前など
一覧になってはいない
いつ注ぐとも知れぬ雨に
あらがうすべは傘
太陽が味方であると信じれば
群れなす手のひらには
隙だけがただ明るい
いろと香りがラベンダー
誇り高いうるおいのなか
まったく同等に誇り高い
かわきの雨が
透けてゆく
風はきっとなにも知らない
より分けず
見破らず
すべてを流す波となる
きょうと
あしたと
その先に待つきのうへと
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口に出してごらん
うるおい、と
その
やわらかな響きは
途方もなくひろい海の
すみからすみまで
満ち満ちてゆくようなものではない
干からびてしまう言葉は
いくらでもある
もの知りなふくろうが鳴かないよるに
海と陸とがむすばれ合う
つまりは
ふくろうとくじらとの
ゆめが繋がるということ
男はかつて女だった
月はかつて太陽だった
そんな
確かめようのない語りに
流されたくなってしまう
よるをたびたび
この足下にはくじらが眠る
その足下にも
向こうにも
まさか、と
わらってみるのも
物思いにふけってみるのも
それぞれに
すてきないのちの不思議
分かつことに
良いもわるいもない
たとえばそれは風のぬくもり
適度につたわる
うるおい、のような
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あの頃は
生まれたばかりの気分でいたけれど
あの頃の僕は
生まれてさえいなかったのだと
思う
もしかすると
こんな僕も
未だ知らないところで同じように
恥ずかしそうに
解ける笑顔であるかも
知れないけれど
幾らでも願いはあって
幾らでも迷いはあって
限りの無いそれらは
始まるものでも終わるものでもなく
月が月であることも
海が海であることも
おそらくは永久に脅かされないだろうことと
よく似ている
僕がいま
こころという名を与えるものは
殻に過ぎないかも知れない
或いはまだまだ殻の殻
しかし
忘れてはならない
澄み渡ってゆけるちからの根源が
そこに眠っていることを
腕に物を言わせて
突き破るちからではなく
澄み渡ってゆけるちからを
その根源を
光はいつも光のなかに在る
闇は標のひとつであって
闇は光を生みはしない
だから僕はこの手のひらを
探りゆくために
確かめるために
託すために 託されるために
離すために
繋ぐために
つまりは総て
磨きをかけるそのために
この手のひらを
用いよう
光をまっすぐ指差して
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
吐息に曇る夜の硝子に
時計の文字盤は
逆行をみせて
捨てた指輪の光沢の
おぼろな記憶さながらに
銀河の揺らめく
午前零時
涸れてしまう代わりに涙は
こぼれる理由を失ってしまった
もっとも冷たい満ち潮の
はじまりの音を
聴いた日に
暗がりのなかで煙草は
火種があかるく
それは
観測されることを必要としない活火山
赤々と生きて
潔く灰となる
窓辺に構える椅子の角度は
ほぼ決まっている
街路樹がそれを見たなら
果たして幾つの
葉を散らすだろう
吐息に曇る夜の硝子に
時計の文字盤は
逆行をみせて
ひとつの輪郭が
穏やかに崩れてゆこうとする
それを見届けることは
夢見の改めにつながるけれど
途中で断つのが
毎夜の慣わし
報いのなかに救われたいから
眠りをまもる
報いのなかに
救われたい
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空のいろには 届くはずもなく
だからこそ
仕方のないほどに
空のいろを
瞳に宿しながら
きりんは
ゆっくり緑を咀嚼(そしゃく)している
その
長い長い首の得る高さは
まっすぐにもろくて
翼をもつ生きものたちも きっと同様で
ぼくの憧れとやらは
なおさらに危うく
つのる
いま 梢にひとつ緑が揺れた
あれは ぼくにとって
どのくらい無縁であっただろう
陽だまりも さえずる羽も
やさしく絵画の枠を出て
きりんは
相も変わらずに
緑を咀嚼(そしゃく)している
そらへの角度は知らずにおこう
と
ぼくは
想う
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この路地裏の
アスファルトのひび割れは
どこかの埠頭の
それと
似ている
相槌を打ってもらえる筈が
ここにあるのは
頬を刺す風
見上げる雲の隙間から
一筋の光が降りて
背中の翼の
名残が
疼く
向かうところを持たない言葉は
幻のいのちとしての 純度を高めて
いつか 旋律になりたい、と
切に願う
結晶に包まれている、と憶えてしまうことは
とても哀しいけれど
さもなくば
形はますます 元を忘れてしまえるから
ひたすらに鋭く
結晶を好む
続いて止まぬ語りの袖に
夕日は映えて
独楽くるり
おそらくは
傾くものの総てが
時刻を正しく数えるのだろう
風は吹く
触れたかも知れない、という
まったく美しい
劣等のなかを
風は吹く
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いつものように
午後をあらいながら
うつむき加減に 軽く
雲行きを確かめる
それもまた いつもの事だけれど
その
始まりの日を憶えていない
寒暖の差を道として 風は渡る
よろこびと かなしみとが
偏りなく在ればいい
流れ過ぎるものたちの 透けているわけが
寒暖の差の
一色ではない事を
示すものであればいい
昔、
いたみは容易だった
泣いても泣かなくても 済むような
いたみは容易だった
けれど今、
忘れる事に慣れた目に
あわせ鏡は 無限に歪んでゆく
停まっているのかも知れない
祈りと
願いと
たくさんの方角に向かって
停まっているのかも知れない
終わりを厭いながら
それでもなお
転がって
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初夏の陽射しは 便りを運ぶ
宛名も消印も
差出人も
見当たらないけれど
懐かしさという
こころもとない手触りに
わたしは ゆっくり目を閉じて
紫陽花のさざなみに
いだかれる
風の軌跡は たて糸よこ糸
それとは知らず
紡がれる胸
つながれる指
適度な温度の揺りかごに 浅くまどろみ
定義のさなかの
その
夢をさすらいながら
白日の照る丘の上
的を外さぬ弓使いの 真っ直ぐな流れの
やさしい黒を
みつける
日記はいつも 草稿のまま
未完である とか
稚拙である とか
冷たい水に泳ぐ姿ではなく
寧(むし)ろ
ゆたかな景色の
そのために
日記はいつも
草稿のまま