詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
「す」よ、住め
「や」よ、住め
す すめ、も や すめ、も
あたたかし。
「す」よ、澄め
「や」よ、澄め
す すめ、も や すめ、も
ほら
やさし。
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記憶の糸を手繰り寄せれば
大樹にそよぐ
風の音が
聞こえてきます
忘れることも
留めることも
おそろしく容易であるので
誰もがその指先を
震わせてしまうのでしょう
昔、愛したひとがいます
そろそろ口癖も忘れました
が
昔、毛嫌いしたひとがいます
下の名前を思い出せません
が
昔、夢を語ったひとがいます
すでに消息は不明です
が
願いが叶うのならば
いまいちど
再会したいものです
笑顔で再会したいものです
おそらくは遙かな隔たりのある空のもとで
わたしは今日も
記憶の糸を手繰り寄せます
会えるひと
会えぬひと
もしくは
会わぬひと
今年もいつのまにか実りの季節
霞んでも
薄れても
あの日の体温だけを指先に思い出しつつ
願いはいまも
ただ一つ
わたしの名前も
ただ一つ
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秋風が冷たくなってゆくのは
赤々と燃える炎を
鎮めるため
山から道へ
道から軒へ
軒から海へ
秋風は
休む間もなく吹きぬけてゆく
そうして
暦に目を留めた誰かが
山が燃え始める頃だと思い当たる
分け入れ 分け入れ 獣道
嗅ぎ取れ 嗅ぎ取れ 秋の風
生まれながらにして人間は
その目に弓矢を持っている
葉の命が朽ち果てるその前に
射抜け、ひとひら
射抜け、ふたひら
束の間の美の頂点に立ち
見おさめられた者だけが
艶やかに
ゆるりと
枝を離れる
狩りの狼煙
葬送の炎色
紅葉は赤々と燃えて
日毎に秋風を冷たくさせる
鎮魂の山林には今日も
誰かの足音がする
枯れ葉を砕く足音がする
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なんにも無いところから
花が咲くわけなどないのに
私の目はいつも
開いた色しか見ていない
綺麗な色しか見ていない
いつのまに咲いたのか
どうやって咲いたのか
質問したなら
どこまで教えてくれるだろう
何が栄養だったのか
何が必要だったのか
質問したなら
どこまで教えてくれるだろう
痛みはそれほど
痛みではないかも知れない
苦しみはさほど
迫るものではないかも知れない
いつも
私の意識のそとで
花が咲くように
日々の喜びは
蓄積されてゆくのかも知れない
日々の温かさは
蓄積されてゆくのかも知れない
一年の後にふたたび
花が咲くように
命のうえに咲き誇る
花を見つめて
私の頬にはくれないの色
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白鳥が飛来していた
初雪の予感漂う十月下旬
懐かしい湖面に
白鳥が飛来していた
渡りは
これから本格的になるのだろう
湖面には
ぽつりぽつりと
数えられるほどの小さな群れ
ひとあし早く訪ねてきた
雪の色の鳥
初雪まであと幾日
冬はすぐそこにいる
初雪まであと幾日
指折りした数を解いてゆけば
降るかも知れない
そんな気がした
吐く息の白さは束の間に消えてゆく
何も投影せずに
束の間に消えてゆく
胸の内は
うまく整理できただろうか
少なくとも
私が吐き出すものは
外気よりは温かいということ
それだけが事実
もう間もなく雪が降る
有無を言わさず総てを止める冬が来る
湖面の揺れも
あとわずか
舞い降りる冬の向こう側に
渡りの季節の
春がみえる
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付け足されてゆくことがあって
それはとても
喜ばしい
差し引かれてしまうことがあって
それはとても
痛ましい
あなたの暮らしは
わたしの暮らしでもあり
わたしの途は
あなたの途でもあり
日々の価値は淡々と
プラスマイナスで片づけられてゆくのかも知れない
ただ
幸か不幸か
わたしたちは計算機ではないので
プラスが続けば不安になるし
マイナスが続けば支えにまわる
プラスマイナス
その計算の先にある答はいつも
ウィズ
一日一日がとても愛おしくなるような
誰からも教わらない
おのずと覚えてゆく魔法の公式
付け足しながら
差し引きながら
幸せとの待ち合わせを高らかにうたう
あなたとわたし
プラスマイナス・ウィズ
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水は途絶えを忘れる薬
波を待ち望む青年や
イルカを愛する少女の瞳
波うち際に揺れる小舟や
小高く揺れる果樹の枝
彼ら
彼女らの
その目の海は
わたしには見えない
けれど
水は途絶えを知らないゆえに
わたしはその海を
知っているのだ
見たことのない海は
幾らでもある
なんとも絶望的なその裏に
知っている海もまた
幾らでもある
クルスの形に腕を組み
船頭のいないゴンドラで独り
こころを運ぶ波を迎える
水に生まれた者として
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わたしは 鏡のなかで待っている
あなたを待っている
あなたは なにも知らずに
平気で 素顔を のぞかせる
わたしは みとれて 口ずさむ
月明かり が 素敵
朝陽のふところ も
広さがあって 良いかも知れない
わたしは 鏡のなかで待っている
やさしく
うた に
とらわれの 日々
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改札口にて
お待ち申し上げております
行き先を
詮索したりはいたしません
どうぞ
ご安心を
あなたがここを
通過してゆく事実のみ
確かめさせて頂きたいのです
お顔を
覗き込んだりいたしません
わかりますとも
靴音と
きれいな指と
揺れる髪
それだけで
わかりますとも
お顔は拝見いたしません
この町が晴れ渡る日にはいつも
わたしは此処におります
行き先は
存じ上げておりません
行き先の天候もまた
存じ上げておりません
わたしはただの通過点でございます
あなたも
よくよく知っておいでのように
改札口にて
お待ち申し上げております
この町が晴れ渡る日にはいつも
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夥(おびただ)しく降り注ぐのは
湿り気のある眼球たち
あまりにも優しい成分なので
それらは
容易(たやす)く踏み潰せてしまうのだが
悲鳴に私は恐怖する
オアシスはすぐ其処だ
通り過ぎて来ただけの街並みに似て
その向こうには蜃気楼
潤いを求める私にとって
意味をなさない
蜃気楼
眼球がいま、肩で砕けた
耳を塞ぎ忘れた私は
断末魔を聞いてしまった
何度目になるだろう
眼球の孕んでいた水分が肩に広がり始めている
太陽に見つかってはならない
乾くのだ
熱いのだ
潤いが奪われてゆくのだ
急がなくてはならない
私は走る
眼球たちの注ぎのなかをひた走る
オアシスはすぐ其処だ
けれど
私を迎えたものは
空から降り注ぐものたちの集落
水たまり、のようなもの
私は此処では潤えない
辺りに転がる亡骸(なきがら)も
他人事ではなくなってきた
注ぎをやまぬ優しい成分たちに
何かを言いかけて
ジャリッと
私は
舌を噛んでしまった