詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
少女のために
空き地のために
泥靴のために
良かれ、とついた嘘
自分の肩幅もかえりみず
良かれ、とついた嘘
あの頃は
そうでもしなければ
苦しくて
自分の足でも踏み潰せそうなものを
置き去りには
出来なくて
良かれ、とついた嘘は
毎夜の潮騒
治りかけの傷ほど
かゆくてたまらない
良かれ、とついた嘘は
毎夜の潮騒
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
貝殻を気取る私は
捕獲されるのを警戒する
辺りが静かになった頃
深い深い、おそらく他人には不快と思われる
夜の底にて
ようやく貝は口を開く
ポロポロと子守歌
誰にも与えられぬような
おのれのための
子守歌
貝殻はそこに
ありもしない伝統を見つける
答をくれる人は
いつだって居てくれるのに
私は
私の愚かさについて
もっと詳しくならなければ
ならない
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
お嬢の小唄を
宙に放れば
おてんと様が照らしてくれる
小僧の小唄を
地に撞けば
根っこの隅々しらべてくれる
手毬唄、ひとつ
この手に優しい中身かどうか
優しくこの手に帰るかどうか
婦人の小唄を
宙に放れば
そよそよ風がゆすってくれる
御仁の小唄を
地に撞けば
石ころたちがためしてくれる
手毬唄、ひとつ
この手に優しい中身かどうか
優しくこの手に帰るかどうか
唄は たのしや
唄は ゆかしや
こころという名のまろやかな型
愛でるべき縁の
もたらす土産
あしたの唄を楽しみに待ちつつ
手毬唄、ひとつ
手毬唄、ひとつ
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
悪気などないのだから
だから尚更
優しいあなたは嘘つきになる
誰をも騙せなくて
自分を騙すことではじめて嘘つきになる
それがたとえ取り繕いの仮面であっても
優しいあなたは
そういうふうに嘘つきになる
けれどもやはり安手の仮面ゆえ
途ゆく人は
あなたの背後を確かめる
優しいあなたは自分しか騙せないものだから
途ゆく人に嘘を手渡す
優しく手渡す
優しきあなたよ
振り返る途に
いくつの涙が見えるだろうか
振り返る途に
いくつの掌が見えるだろうか
判決、
その優しき光の源を
絶やさぬように抱くこと
判決、
すべての温かさの懐に
優しき寝息を立てること
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ふわり、風
ふわり、髪
いつかの夏の真昼の丘で
風にそよいでいたきみのこと
ふわり、風
ふわり、髪
いつかの夏の真昼の丘で
きみの光が思い出に捕らわれそうで
哀しかったのを覚えてる
穏やかな日だまりのなかで
哀しかったのを覚えてる
ふわり、風
ふわり、
きみの髪のかたちが
心に蘇る
参ったなぁ
いつかの少年にはもう戻れない
ふわり、風
ひとりきりでは乗り切れず
ふわり、風
くすぐったいような
きみが好き
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
釣れた、釣れぬは
問題ではなく
私が尋ねたいのは「何が釣れますか」
それだけ
どうぞ素敵にこたえて下さい
たまたまの数秒
真偽は気になさらずに
私もまた
非礼と知りつつ
あなたの答えをねじ曲げますから
どうぞ素敵にこたえて下さい
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
埠頭に
群れなす
カモメはすべて
哀しい心のなれの果て
船は今日も出てゆくのだ
海は広いというのに
のぞきこめない
瞳の深さをもって
船は今日も出てゆくのだ
乗れない者と
手を振る者と
うつむく者と
その
鮮やかすぎる不幸について
船はいつか振り返るだろうか
船は行ってしまった
埠頭に
群れなす
カモメはすべて
哀しい心のなれの果て
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
星空の下では今日も
作業灯が明るい
掘り起こされる大地
積み上げられゆくコンクリート
道行く人は
まだか、と未来を吐き捨てる
けれども作業灯は
必ずの未来へと向かって
今日も一途に明るい
私に未来は あるのだろうか
私の未来は どこであろうか
星空の下では今日も
作業灯が明るい
一途に明るい
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ほら、見てごらん
無数の蛍
無数の蝶々
せっかく部屋を暗くしたのに
ほら、見てごらん
僕らはすっかり取り囲まれてる
吐息、ひとつ
(甘く、美味)
喘ぎ、ひとつ
(淡く、光り)
蜜と光を求める虫に君の波長が重なったらしい
限界まで火照ったところだ
丁度いい
おいで
おいで
夏の虫
飛んで火に「入れ」夏の虫
二人の瞳にふさわしく可憐に映える花火とかわれ
おいで
おいで
夏の虫
飛んで火に入れ夏の虫
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ねぇ、アリス
貴女が居なくなっても
この世界は続くと思っているでしょう
ここは たまたま落ちた夢の国
だから
たまたまなんて
二度と起きたりしないのよ
ねぇ、アリス
貴女でなければならないの
不思議も 魅惑も 恐怖も 郷愁も
貴女らしさの為にあるのよ
でも、鍵は渡しておくわ
こちらの国の扉には錠なんか無い
あちらの国の扉のために
その鍵を
なかなか勇気のいることでしょう
ねぇ、アリス
この国にも例外なく
永遠は約束されないわ
ねぇ、アリス
そのことだけは忘れないでいて欲しいの
だから、鍵を渡しておくの