詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ひとの心に降るという
ましろな雪に
触れたくて
ずっと
ひとの命に寄りそって
ひとの命を
慕ってきたけれど
それは
もしかしたら
ひとの命を奪うことに
なっていたのではあるまいか
ずっと
ひとの命を
盗んできたのでは
あるまいか
不安にかられて
わたしは耳を澄ませる
澄ませた耳には
無音の
無言の
嵐が巻き起こる
それは
わたしを
殺めたりはしないけれど
嵐が巻き起こる
けっして
この身を傷つけないけれど
ひと思いに
楽にはしてくれない
その気遣い
あるいは無情さに
わたしはうち震えている
はかりかねて
うち震えている
空をゆく雲からは
ましろな雲からは
雨が
幾筋も降りてくる
けれどそれは
うるおいをもたらす恵みではなく
ひとのこころを貫いて
不自由な空へ縛りつける糸
うるわしくて
うたがわしい
秀逸な糸
涙の
あついところと冷たいところと
渇きの
優しいところと厳しいところと
縦横無尽に
張り巡らされた
織り物のなかには
差異ならぬ差異をあらそって
いつでも
どこでも
風が吹いている
風が吹き荒れている
されど
見慣れた風は
聞き慣れた風は
語り慣れた風は
透明にふくらんで
そっと
雪になるしか手立てがない
ひとの心に降るという
ましろな雪に
触れたくて
わたしは
いつしか
重荷を背負わされて
いつしか
それを忘れてしまう
そうしてそれが
新たな重荷を生むのだろう
とうに
ここは
はるか以前からここは
暴風域だったのだ
ましろに
ただただましろに
表面だけが純真な雪に似て
ここは
危うい場所だったのだ