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アルの部屋


[169] 驛舎
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改札のゲートは
朽ちた木製。
普段は無人駅で
通勤通学のラッシュ時だけ
幼稚園の制服みたいな
水色の開襟シャツを着た
お婆ちゃんが窓口に立つ。

「あんた、
こないだ預かった傘
持って帰り?」

高校生のお兄ちゃんに
その老いた「駅員」が
呼び掛ける。

ぼくは煙草を吸いつつ
ボ〜ッと考え事をしていた

「酷い有様でしょ?
この間の台風で
吹き飛ばされてね…」

声のする方へ顔を向けた。
ぼくに
話しかけているらしい。
目を向けていながら
何も見てはいなかったが
その老駅員の声に促され
改めて駅の建物を眺めると
木製の窓枠の半分がなくて
粗末なベニヤ板で
塞がれてはいるものの
それさえ反り返り
雨風が吹き込みそうな状態

「ここは
古い駅やけど、
珍しがって
写真とりにくる人が
結構いるんよ。
こんなん、
申し訳なくてな…」

「材料と道具があるなら
修理しますけど…
ぼくも前から
気になってたんです」

「いやいや
駅長さんには
話してあるから
近々来てくれるやろ。
ありがとね」

このあたりの人たちは
みんな距離が近い。

自転車に乗った
知らない高校生が
すれ違いざまに
「お早うございます!」と
挨拶をしてくれたり、

数日前には
住宅街を歩いていた時
虫採り網を抱えた
小学校2〜3年生の
男の子が
「こんにちは」と
円らな瞳で見上げながら
近寄ってきた。
こちらも
慌てて挨拶を返した。

視力に自信がなくなって
効率的で便利な車から
手間暇のかかる電車や
自転車、あるいは徒歩に
移動手段を切り換えたら
今まで見えなかったものが
見えてきた気がする。

ゆったり温かい
この田舎町にぼくは
愛着を感じ始めている。

2010/09/16 (Thu)

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