詩人:アル | [投票][得票][編集] |
紅い鼻緒の下駄をつっ掛けて、町娘が通りを歩いてゆく。と、カタンと歯車が外れた絡繰り人形のように俄かに立ち止まり、娘の眉間が曇る。
そこへ月代清しき若侍が通りかかる。
「如何致した?
うむ、鼻緒が切れたか。
身供が肩に
しばし掴まりおられよ」
つと身を屈めると侍が懐から奇麗に折り畳まれた手拭いを取り出し、片端を歯でくわえると、きりきりきりと細く切り裂いた。侍は手際良くそれを鼻緒に絡めて結びつけた。
その間、町娘は軽く「く」の字に曲げた片足を地面から少し浮かせたまま、一二度よろけそうになっては、侍の肩に遠慮がちに掛けていた自分の手に思わず力を加えて、辛うじて平衡を保った。
「出来申した。
これで良かろう。
しからば、御免」
侍は軽く会釈をすると、草鞋をざざっと鳴らして踵を返した。
「申し、お侍さま!
お名前を…」
侍は三間ほど先で一旦立ち止まって振り返り、静かに黙礼で応じた後、再びくるりと背を向けると、市井の群れに紛れてやがて見えなくなった。
娘は踵も高々に、遠離かる侍の背中を凝視ていたが、後ろ髪を引かれる様に何度か返り見しつつ、名残惜し気に家路に就いた。