詩人:黒 | [投票][得票][編集] |
壁越しに聞こえる懐かしいピアノ
すっかり一人部屋になってしまった白い部屋
柱の傷跡
幼い頃の思い出
二段ベッドの上には夜更かし好きの姉がいて
下にはきっと生意気だったに違いない私がいた
二人で壁越しに聴いた母のピアノ
幼かった私はいつも途中で眠ってしまい最後をはっきりと聴いた事がなかった
家を出て七年
歳をとり少々の人間のイロハを覚え岐路を前
再び壁越しにそれを聴く
その間 その癖
やっぱり私はあなたの子なんだなと思う
立ち上がりゆっくりとドアを開けると心地よく広がる白いピアノ
改めて見る後ろ姿は軽やかだがずいぶん歳をとったように感じる
すぐに私に気付いたのか少し笑っているようにも見えた
しばらく演奏を楽しむと母は最後にジムノペディを弾いた
弾くはずのなかった母のサティ
その音は愛と青い悲しみに満ちていて私は音感を忘れて泣いた
涙が止まらない
母はあの日からきっと毎晩この曲を弾いているんだろう
岐路を前に私を呼んだ理由が少しだけわかった気がした
ありがとね母さん
拍手は無いよ
涙を一滴 鍵盤に
涙を一滴 あなたの指に