詩人:地獄椅子 | [投票][編集] |
俺を馬鹿にした女を、俺は犯した後に殺した。
愛という真実に捧げし生け贄が、教壇の前に貢がれる。
ステンドグラスからは、残酷な色の光が差し込み、この一瞬だけ、教会の空気は冷ややかに豹変する。
俺の罪は神の罪。
愛の導きに従い、それを実行してみせた。
法の名の下に、裁かれる日が来たとしても、俺は何も省みることはない。
あの女が俺を蔑ろにしたのだから、責めるべきは女の方だ。
俺の任務は愛。
それに背徳する者あらば、相応の罰を与えるのみ。
殺した後、実は笑ってしまったんだ。返り血を浴びながら、こんなもんかと拍子抜けして、無意識に笑ってしまったんだ。
命って軽い。
それは脆弱で、簡単に奪えてしまう。
俺は笑った後恐くなって平常心ではいられなくなった。
肉体という砦に守られた命は、偶発的な出来事によって、易々と消えてしまうから。
目前の死が他人事とは思えなくなった。
教会は不気味なくらい静まり返り、生理的な嫌悪感を覚える。
世界には誰も居ないかのような戦慄が、ふと背筋を凍らせる。
真っ白だった服は血染めの真紅色に染まりきって、俺の罪状を決める裁判がいつか訪れるなんて現実感は、皆無に等しかった。
全裸の女の死体は、一緒に鐘を鳴らす相手がいたというのに無表情のまま、ステンドグラスからはもう光が差さない。
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冷たい風が身を引き裂く季節。俺のかじかむ手にはボロボロの紙幣のみ。
散歩がてらに拾った野口英世が握られている。
なんてファッキンな都市生活だ。
こんな紙切れ、どんなに節制しても五日もあれば消えちまう。
生きる事の営みに、逆らえないまま、どんなに能書き垂れても空腹にゃ勝てやしない。
なぜかこれだけ、ガキの頃からこのハーモニカだけは片身離さず持ち歩いてた。
決して巧くはねぇが、気が向いた時、吹いてみるんだ。
そんな時にゃ俺も、旅人になった気分になれるのさ。
思い出す。思い出す。
あの日幻のような黒揚羽。
俺のメロディに誘われたのか、春風に乗って、どこかからおいでなすった。
俺が人差し指を一本、すっと前に伸ばしてやると、黒揚羽はその指に止まったんだ。
今日もまた穴だらけのポケットから取り出す、汚らしいハーモニカ。
空腹を紛らわすように、曲なんてデタラメだ。
そしたら北風に乗ってビニール袋が飛んで来て、俺の顔面に覆い被さりやがった。
チクショー、何しやがんだ。と腹立てた後、袋の中身を覗いてしまった自分が、惨めでみすぼらしくて。
なあ、俺の気持ちが解るか。野口英世さんよ。
もうすぐアンタを手放さなきゃならない。中華まんと引き替えに。
雑踏に紛れて、ハーモニカを吹く。
白い視線は感じれど、拍手の一つもありゃあしねぇ。
今夜は今冬一番の冷え込みだと、どっかのラジオで耳にした。
黒揚羽よ。いつになったら飛んで来る。
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永遠に逢う事無き貴方に湧き出る慕情。
過剰なる欠落の欠落的構造が、フラジャイルを鮮明に浮き彫りにする。
誰も手を離してはならぬ。其の琥珀の記憶を。誰も誰も。
忌まわしき苛酷な危機を凌駕するまで、そして不健康なる心身にまつわる来歴を読解するまで。
沈鬱なる空に、慕情は馳せる。
其処に貴方が風雲のように佇む事を祈願しながら。
俺は地上に束縛されて、この巨大な書物のような世界で、一枚一枚と呪われたページを破棄する。
永遠など誰が創ったんだ。
それ自体が孤独を宿命付けてるじゃないか。
辛苦が信仰を誕生させ、宗教の根源に不幸が有り、神と弱者が密接に関係しているとしても、古来からの秩序から逸脱した者に、何がもたらされるのか。
長い長い渡り廊下で、俺は宇宙を見上げた。
芸術的表現のみ、我が闘争の生命。
ルサンチマンの歴史が、悲劇性の頂点に達した刻、取り零した真実。
そして夢魔は、脳髄を操作し支配する
永遠に逢えない貴方が、笑った後に泣いたのは、俺の詩の所為だ。
許せ、マリア。
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擦り減らしては尖らせて。
削られながらもフックを離すな。
子供ながらに描いてた。破滅的願望の絵空事を日記にして、毎日のように、世界への復讐計画、したためた。
人類滅亡の日を、刻んで刻んで、飽くこと無き幻想のスクリーンに映写した。黒い旋律の序曲。
胸にも居ない両親の面影。影のように朧ろ。
密やかに呼吸する肺の機能が、明日という日を形成する。
シュールな悲しみを誰が止めるのだ。
名前がいけないのか。
苦しい、父よ、俺はまだ生きている。
淋しい、母よ、幸福という文字が、俺の脳を酷く渇かすのだ。
今日も人を壊した。
日記の中では、あいつもこいつも、もうヒトデナシだよ。
丸くならないように、俺は鉛筆の芯を真直ぐに鋭利に伸ばすんだ。
生まれた刻から鳴っている、黒い旋律。
悩ましき序曲。
どんな協調も、俺には許されぬ。
強く抱きしめよ。
どんな愛の歌よりも激しく、クロスオーバーする俺の波動。
温い風潮を冥土へと、送り出せ。
…俺ガ子供ダカラッテ皆ハ笑ッテイルケド、ソノウチ手遅レニナルゼ。
日々成長スル俺ノ波動ガ、オ前等ニ闇ノチケットヲ手渡ス事ニナル。
今ノウチ笑ットケ。
今ノウチ笑ットケ。