詩人:min | [投票][編集] |
自転車、の後ろで
君の温度 抱きしめたら
その優しさが
心拍数 跳ね上げ
信号で止まる、たびに
なぜか泣きたくなった
アスファルトに映る
二つの影を近づけたくて
そっと顔を 傾けたら
頬がシャツに、触れる。
向かい風
見慣れた町並み
すべてが 息を止めた。
風になる、今夜
この溢れそうな気持ちを
余裕の笑顔でかわす
そんな君を、
それでも君を、
この瞬間だけは
背中に、あたしを
感じていて。
風になる、今夜
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その骨張った
あなたの指で
手折られることを
夢にみながら
鉛色した浅い浅い
海にこの身を
捨つる覚悟
猫によく似た海鳥が
白い花弁に狂う
その前に
どうぞあなたが
手折ってください
ハクモクレンは
さしも知らじな
私の祈り
燃ゆる想いで
姿を変える
群青色の深い深い
君の眠りに風が吹き
白い花弁が
舞い散る
その前に
どうぞ私を
見つけてください
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眠りから覚めると
窓の外には白い海が
ぼんやり広がっていた
胎動にも似た、
列車の揺れと
くぐもった、アナウンス
思わず、瞼を閉じるその奥
夢の残像。
君の言葉は瞬く間に
消えてしまったのに
あの日のヴィジョンが
いつまでも
あたしの眠りを妨げる
泣きたくなったら、おいで
と君は言った、けれど
泣けなくなったら
どうすれば、いい?
冬の海が好きだと笑った
そんな横顔ばかりを
ふいに思い出す、夕刻
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寒水石を撒いたような
しんと張った朝を
踏みつけるとき
その音は確かに、
あたしだけのものに
なっているのだけれど
柔らかな雪が
肩に濃淡をつけて
立ち止まってしまいたい、のに、
振り向く前に
外灯を消されたことに
気がついて
慌てて、睫毛にかかる雫を払う
じっとこらえてきた思いは、
吐く息の白さに
まぎらせて
伝えられると、
思った。
袖がじっと重くなるのを
見てられなくて
逃げ出すように、
今日も、また
足音だけを響かせる、帰路
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身体中の夏を零しながら、どこまで君とあたしは行かれるだろうね、
理解と時間との途方もない距離を思うときプリティ・ヴェイカントは場違いなノイズでしかない。イヤフォンを片方、君に
ほら、車窓が一本の黄色い線みたいに、見えるよ、
あたしはあの日砂浜に掻いた約束とビーチパラソル、それから濃緑のガラス壜を思い出している。
高架下に二人、しゃがんで、零した夏を拾い、集めて、そうして夜明けの列車を待ちます。
イヤフォンからは潮騒のような、ノイズ
膨張と弛緩とを果てなく続ける記憶を思うとき手を伸ばしても波に触れることはできないのだと知る。どこまで行かれるだろう君、と、あたし、
パンタグラフが火花を散らして、水紅色の雲を焦がした、夜明け
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枝垂れ桜の梢が
紅く疼いては
川面をついばんでいる
硬質な水に波紋
停車場のブリキが
とたん、とたん、音たてるのを
シャツの背中たなびく風に
じっとみていた
頬を伝い垂直をなぞって落とした呟きは
規則的な輪を
ひろげ、ひろげ
淡水のあわを連れてやがて海へ
紺碧のボンネット、轟音と
あいたい、の海鳴り
ね、君には
どちらが先に聞こえる、
水底から逆さまに見上げる空は
きっとカレイドスコープみたいだから、って
そんなゆめばかり
日向を吸いこんだ
濃紺のシートに沈みながら
さっき購った缶コーヒーを
置いてけぼりにしたことや、
ずっと回送バスに
手を上げていたことなんかを
思い出して、
ぺたん、窓ガラスに
ひたいをぶつける。
白く曇った処へ
ひとさしゆびで、つい、と
掻くのは
名前だったりも、する
その向こうでは
木蓮の蕾が
白い孵化
いちばん高い枝から
羽、やわらかくして
少しの身震い
古いレコードのような
羽音がきこえたら
いっせいに
飛びたちます
みんな、みんな
海へ向かう、のね、
春のお迎え
夢と現の境目がわからなくなった頃、
南西の風がながれこむ
この匂いをあたしは、知っている
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飴色の柱に、反射して
アーケードから
白い太陽。
舗先に並ぶは赤いケトル、と
母の裾を握る双子の眼差し。
暴力的なかげろうの揺らぎに
金字押し看板が霞む。
マンホールの点、点、
三毛猫が生真面目に
踏み鳴らす
青銅の、道しるべ
「嘘の吐けない男になんか、三行半よ、ミクダリハン」
と古風で進歩的な意見を彼女は受話器越しに、はき捨てた。おそらく、オープンテラスの珈琲と煙草にまじえて。
「悪い人じゃないけどさ、アンタの手に負える相手じゃなかったのよ、ほら、新しい男なら紹介するから、」
この場合、悪い人、というのはなにかしら、と返したら、何か言ったような気がしたけれど、しばらくして電話が、切れた。
緋色の爪先と往来の喧騒――
双子のだんまりを
見つめながら
うわの空、
柱の隙間に青く
ぼんやりと浮かぶ。
ふいに君が、繋いだ単語に
三半器官を
握りしめられて、
フラッシュの白。
おもわず閉じた
瞼の薄い痙攣、
立ち止まった途端
首筋を伝う汗が転がり、
蝉時雨を逆さまに映す。
濃緑の影に輪唱、クレシェンド
電話の淡い光が消え、隣で寝息をたてる君を、見つめる。汗の滲む額に口づけて、買い物に行きましょう、と起こそう。前から狙っていたケトルがあるのよ、と。きっと君は、まるで私が居ること自体が誤算だという顔をして、起き上がるだろう。
待っていて、の一言が、今日欲しいだけ――
ぴたり、鳴り止む
青銅のレリィフが
ゆるいカーブを描いて、
西の方向へ
白い太陽を誘う。
開いた目に
三毛猫が横切る、と同時
飴色の柱に、
反響する、蝉時雨。
舗先からは
赤いケトル、と
双子の眼差しが
居なくなっていた。
全てに満足した私は、ようやく夏を始める
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晧々、繋ぐ道
くしゃりくしゃなり
草いきれに隠れて耳を当て、浅緑を喰む羊の腹にもたれかかる。いつしか眠りに落ちた(ぼくはこの匂いを識っている
立ち上がり、方々の出口へ連なる人々の声、こえ。に目を覚ました。眼前ではエンドロールが繰られ四方の電球が場内を次第に鮮明にする。声、こえ。おおきな長方形に、磨りガラスみたいな痺れを見た。リールを巻く規則的な音に、ふたたび目を閉じる(からっぽの、からくり、からっぽの、からっかぜ
水車が夕陽を撹拌していて、思わず耳を塞ぐ。ゆっくり顔を上げると、点灯夫と目が合った。羊が春を喰うてしまうのです、口唇の動きはそう言っているような気がした。浅紺の天鵞絨が羊の腹には巣くっている、だからこうして、灯を点すのだと。(ぼくは、ぽっかりとした羊の中で、胃のかたちになる(スクリーンが水車の影を映している
浅緑に突っ伏していたので涙に融けた草草はべったりと張り付いてしまった。春をやり過ごすためにぼくは羊を連れて眠る。
晧々、連なる灯
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窓の無い浴室で右手にスポンジを握り締めて、かれこれ一時間が経過していた。
腕時計は靴下の横に置いて来たから、正確なことはわからない。
けれど、あたしが集中できる時間なんてたかが知れている。
水垢の削り取られる様は、見飽き始めていたし、
奥のキッチンで油汚れやら焦げ付きと格闘しているであろう君を思ったら、
もうこれ以上うつむいているのは限界だと、喉の奥が訴えていた。
一昨日刺さった舌平目の骨が、
今更になって抗議しているのかもしれない。
そうしたらあの人も同罪なのだけれど
魚には優しい人だから、骨をつかえさせるなんて所業はきっと、やらかさなかったんだろう。
嗚呼、シャンパンなんて止めておけば、舌平目との相性は抜群だった――、あれをスーベニアにするなんてどうかしていた。
忘れられない味になることくらい、肌身で学んできた筈なのに。
あんまり悔しくて、スポンジを力任せに擦りつける。
くるぶしまで浸った水が、波紋を広げていたけれど、構わず擦りつける。
あたしは魚になり損ねたので、その喉に刺さることすら許されない。
君は明日、この町を出て行く。
あたしはぽっかりとした浴槽で、少し跳ねてみる。
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ひやりとした秒針を八十の眼が追っているのかと思うと
白く薄い笑顔のひとつも
浮かべたい
生まれる前からこの椅子で頬杖をついている、
そんな目眩を
終業のチャイムが
のびやかに分断してゆく
きいろい おしゃべりな すかーとが
ぱたぱた ちいさい おべんとうばこ かかえて
ちらばったり あつまったり
切りすぎた前髪が
さっきからちらちらと
目の端に映り込んであたしはもう
消えてなくなりたいような
気さえする
実際、拭き跡ばかりが目につく窓ガラスの
向こうは、
たいてい馬鹿みたいに
青い空が広がっていたから、そこに
飛び込みさえすれば消えて
なくなるのは、
案外
かんたんだったのかもしれない
あいにくと今日は薄曇りで、
友人たちを感傷的に
させるのも
気が進まなかったので、あたしはおとなしく
紙パックから伸びたストローを
噛むことに
意識を集中させる
スカートの上が
秒針の刻んだあたしで少し汚れた