詩人:中村真生子 | [投票][得票][編集] |
東京に住んでいた時
仕事で島根に行った。
ホテルの近くの八百屋に
熟したプラムが売ってあった。
部屋に持って帰って食べると
とめどもなく涙があふれてきた。
おいしかった。
失ったもののすべてが
ここにあるように思えた。
折しもラジオから「アメージング・グレース」が流れ
それがさらに涙を誘った。
しばらくして
ホテルから電話をかけると父が出た。
少し寂しそうに思えた。
実家までは電車で1時間足らず。
帰ろうと思えば帰れたに違いない。
そんな思いも脳裏をかすめた。
けれどそれをしなかった。
仕事で訪ねた地で
古代ハスの花が咲き誇っていたので
初夏だったに違いない。
秋の終わりに、父は逝った。
紅葉のきれいな年だった。
もう20年も前のこと。
今日、再び仕事でその地を訪ね
そんなことを思い出す。
大切にしていたプラムの種は
どこかへ行ってしまったけれど
思い出だけは今も
ころんと胸から転がり落ちる。