ホーム > 詩人の部屋 > 右色の部屋 > クジラの群れ:水野ローズマリ

右色の部屋


[105] クジラの群れ:水野ローズマリ
詩人:右色 [投票][得票][編集]

例えば、私はそれを「話す」が嫌いだ

「話して」しまえば

水槽から、だんだん、水が抜けてゆき

その金魚が死んでしまう



例えば、私はそれを「撮る」のが嫌いだ

写真として「残せ」ば

インテリアとしての水槽はもうイラナイ


「思い出」という名の金魚は

水槽から出せば、当然、死んでしまうけど

水槽の中に居ても、いずれ、死んでしまう


私は、「思い出」とはそういう生物だと思っていた

だから、「話さない」

だから、「残さない」


しかし、私はクジラと出会ってしまった


忘れていた「思い出」は

私と共に成長し

記憶の海の中、クジラとなっていた


私の「思い出」である金魚は確かに居なくなった

少なくとも「体験」した

私の知っている金魚はもう居ない

ただ、それは、あくまで忘却であって「死」ではなかった

深い深い無意識の底で

「思い出」は私と同じ夢を見ながら眠っていた


クジラと出会った、その日

私は、全ての水槽をひっくり返し

金魚を海へと放した


私の部屋は、写真がたくさんある

誰かに写真のことを話す時

私はクジラの群れの中に居る

2009/04/22 (Wed)

前頁] [右色の部屋] [次頁

- 詩人の部屋 -