詩人:遥 カズナ | [投票][編集] |
ランプの灯りに揺れる
琥珀色に映えたシミーズから
静脈を僅かに透かした
いたいけな細い両の手足が伸び出ている
肩から覗く喉元を嗅げば
未だ微かに赤子の香りすら残る甘い命の豊潤が脈打っているだろう
傍観者の生唾に赤ワインが絡み
じっとりと飲み込まれていく
どこか
昼には気にならないのに
夜になると
それ程遠くはない
けれど訪ねて行くには臆するような
そんな向こうから
少女の名を呼ぶ声がする
夕靄の中
桟橋に繋がれた小舟に
裸足のまま降り立った好奇心は
結わえられた紐をほどくとオールも持たない不安も素知らず、陸を蹴り
水面へと滑り出してしまった
やがて
ひもじさを連れためまいは
自然に眠りと手を繋ぐように
膝を両の手に抱えさせ
そして、ほどけ
うつ伏せて横たわる
少女の胸は
心臓から真っ赤な血を全身へ満遍なく送る鼓動を
船底を通し水へと伝へ
湖深くに響き渡り高鳴っていった
湖の最も深い底の方では
湖の主が
新たな王女を迎える支度を整え始め
その慈愛ぶった
道化の、絵の具臭い唇と苔まみれの前歯の下には
陰惨になめずる舌を
おとなしくさせようとしてあやす下顎が、か細く理性を保っていた
栓を抜かれた湯船の
確かなスピードで
船はゆっくりと沈み始める
滴る水滴の波紋を歪め
水面に互いを映す旅は身繕いを始める
肉体を置き去りに
生死の境目をあらわにしながら
少女の死は完全に無垢な無駄になる
、
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ありきたりな話しでも良いなら
出来るだけ寝床に近い安らぎを見つけて
ここへ広げておきます
どこへ赴いても
そこが
毛布の外であろうと内であっても
自己顕示欲と勝手な達観の片隅
もうなにもかもが
どうでも良い事ばかりだけれど
まだ人の匂いのしない
冷蔵庫の音だけのする台所に
直火で煎ったコーヒー豆の香りが漂う
カーテンの隙間から射す
うすら眼の日差しが斜めに
カップへ注がれる琥珀色を
湯気でぼんやりと醸す
角砂糖が放り込まれ
遠くて涼やかな雲が水蜜桃の色彩いを呈すると
ちいさくスプーンを掻き回ぜ
カップの内側に微かに当たった音のように
雀達がようやく囀り初める
窓の鍵を外し しっかりと開いたら
冷えきった建具の感触をほぐす
温かかな陶器の掴み手がまわるい
センチメンタルな憂鬱が喉もとを通り過ぎ
吹き込んだ 草木に洗いしだかれたばかりの空気を
肺いっぱいに満たして
深い吐息をこぼせる幸せを確かめる
星座が繋いだ掌を放し堕ちて行くと
やがて四千万キロの彼方からたどり着いた
ピチャピチャと青く微笑むイルカの瞳だけが取り残された
馬鹿馬鹿かもしれないけれど
こうしてそれを仰いでいられる
この孤独で十分だ
、
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感傷が
小さな手に似た旗を振る
からっ風に連れられた、たどたどしい温もりが
振り払う腕に巻き込まれて纏わりつくと
目玉の裏側からタンポポが生えてくる
飼えもしない捨て犬を優しく撫で回して
置き去りにしてきた
よじ登った朝の
公園のジャングルジムの頂から臨む
地上から目にする事の出来る最も遠い眺め
主を無くした飛行機雲
四方を景色に囲われ、揺れる様に
手を差し伸べて、寄り添っているつもりになっては
置き去りにしてきた
自らの形を、無限に理解出来ない鏡写し
どこかの家からする
魚を焼く匂いを嗅ぐと
時間は光合成をさせに呼吸を外へ、奪い返す
掴んでいる筈の、ひんやりとした鉄の感触は
口先の友情のように疎ましく
街並みの影絵の向こう
眠気眼の日差しが訝しんでいる
もう
誰にとってもどうでも良い
青い舌触りの、十円玉を吐き出すと
ジャングルジムから、飛び降りていた
タンポポの綿帽子を散らしながら
、
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明日へと
硬く紡ぎあげる日々
白衣を縫うミシンの目よりも
なお慎ましく整った
朝露に濡れた蜘蛛の糸
洗い晒しの空を背に
油断なく、侮らず、臆さない
東風に易々と揺らされようと
下世話なクワガタ虫の羽に蹴散らされようとも
泣き言なんぞ、素知らぬふうにして紡ぎ直した
華奢な肢体が、なおさら更に魅入らせる
一人娘を育てる以外に
ふるう理由を断ち切った、かたわのかいなに
心当たりのあるやましさが絡め取られてゆく
既に発してしまった言葉に自由を奪い去られていくように
ためらいとわがままを玩味しながら、尺取虫は春を這う
たまらなくて
しかたのない衝動が
どこかで泣き叫んでいる
閃光と雷鳴の時間差が、遠のく距離を伝えてくれる頃
貴方を映えさす程に、晴れ間は満ちたりてゆき
その堅実さを僕は、振り仰いでいる
、
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あまり多くを語ると
尚 寄る辺なくなりそうで 小さく そっと ため息をついた
アンドロメダ星雲から
俺は地球へとやってきた
こんな俺が
乗り物酔いに弱い事なんぞ 知らぬが仏の喧しい うすらトンカチなカモメ共の飛び交うフェリーの甲板
紺碧のエーゲ海からダーダネルス海峡へと差し掛かる
今のうちに伝えておくが
この俺に
気安く声をかけないでおいてくれ
何しろ俺は
あのアンドロメダから来た男なのだから
「ハロー、ハロー 応答を願います 聞こえますか、聞こえますか
こちら地球、こちら地球 聞こえますか 応答、願います…」
通信機から返答はない
俺の知る銀河とは異なる周回軌道の長い旅路の果て
この脳味噌は
大宇宙に瞬く星々の数を なぞる程の痛みに耐えてきた
それらは
航路にとり残されゆく白波のように
刻々と遠のいてはいっても
途切れることはない
この目は
銀河系の渦の中核
いて座に抱かれ 赤子のように戦慄くブラックホールの超重力場に 星々が呑み込まれていく様を見た
銀河の衝突
潰えゆく恒星達の慟哭
超新星爆発の閃光
太陽の10兆倍に明るく輝くクエーサー
吹き荒ぶ宇宙塵
地球人類には
おおよそ計り知れない時空の旋律が脳裏を掠める
そう俺は
あの アンドロメダからやってきた
遙々230万光年を駆け抜けて来た男
下船迄のあと一時間を
耐えられそうにも無いというのに
、
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月夜の海のなみま
とおく
いくども、いくども
海上へジャンプする
イルカのすがたを
窓際へよりそいながら
眺めていた
着水するたびに
波しぶきは
あたりへと濡れかかり
景色に充満してゆく碧さに
過ぎさりつつある雲達ですら
その足どりを鈍らせているようで
悲しいとも 楽しいとも
とれる そのなきごえは
呼吸をゆるされた瞬間
海原を背に、響きわたり
暗黒の深海と大気との狭間を突き破って
わたしの意識のみなもすらも往来しながら
なにを こらすまもなく
海底へと消えうせていった
それは
生きる理由を
むげにさげすむとか
嘆くとかとは無縁に
命をわがままに満喫したいがゆえの、健やかさに溢れ
しだいに部屋にまで 充満してゆく碧さに
イルカとつれだったわたしにとって
呼吸をする必要すらついに
なくしてしまっていた
、
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外は寒く
この心に沸き立つすね事とあいまって
どこもかしこも
つねられて
笑ったみたいに見えているのなら
皮肉みたいで馬鹿みたいさ
人には安売りらしい
柔らかい切れ端に
肩までぬくまり
恥ずかしい言葉を説き伏せながら
正しく
意味も恥も届かない
風だけが行き交う
無意味を許された場所で
君を想う
、
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勤労と納税の義務を果たし確固たる大人として
社会人であるべく自覚を負い
純然たる充実に満ち
紛れもない現実に裏打ちされ
敢然と立とう
大自然の摂理に則り
ほんのミミズですらも己が勤めを侮りはしない
大地を肥やして黙々として生き
草木へ恵んだ恩恵の見返りに
枯れ葉をまた得て生き長らえて行く
ならば なおさら
この傲りがちな人の形に閉じ込められた意識として
その日の行き着く限り謙遜を貫き
弛むことの無い無限の生命の循環の意義を悟り
己が役割を律しよう
私は
当たり前の事をしっかりとこの筆圧に力を込めて書き記す
「大人たれ」と
起源を辿れば
我らが先祖は農耕民族で
自然との調和を重んじ
この地球のアジアにあって狩猟民族であった欧米列強に仇なした誇り高い民族であった
資源も領土も乏しく
文明すら遅れをとっていた筈が
我らの祖父も曾祖父の親も絶えず労を惜しまず苦境に耐え
劣勢の内に幾度かの大戦を凌ぎ
ついに近代には技巧に活路を見いだし
よしんば最先端の計器ですらも計測不能な領域で未来を体現してきた
それらは
断じて個々の己のみの為ではなかった
そうでなかったなら
私達が踏みしめる居場所はこの地上には既に無かったであろう
彼らが愛おしみぬいた
この大地にかけて
断じて我らもたじろぐべきでは無い
郷土を誇り
信じた側に断固として立ち
こうして又
人の命と威厳と尊厳をあざ笑う者の前に立ちはだかろう
私達は世界に無類の歯車である
、
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数百万円はくだらない
その代物が寵愛するに値するか 侮蔑こそふさわしいのかは 既にそれが存在する事 それ自体が物語っている
男が女の形に恋焦がれ
老いる事を知らない
永遠に恍惚とさせる様を凝固させんと欲するのは必然に他ならない
メトロノームがゆっくりと静かにリズムを刻む
揺れる針を止めては離し 離しては揺らす
つきまとう渇きから逃れた向こう側の実体へ妄想し むしゃぶりつき
支配し 支配される
見える訳も無い義眼をねじ込む他に無い性
シリコン製のさらさらとべたつく事の無い乳房が男の価値観を酔わせる
芸術に近い完璧なラインにじっくりと生唾を飲み込み ピアノの鍵盤を撫でるようにレジン製の爪に舌先を這わす
艶やかな快感は白ワインの旋律で滴り落ち 規則的なリズムをずれさせ始める
こんなめぐり逢いは
孤独を癒せないまま
妬みを玩味させ続け
幸せの意味を疑われたまま狂喜させられ 狂喜させた
グランドピアノの上に横たわった
漆黒の水面に映る双子の星座の美しさのほとり
メトロノームは今
止まっている
、
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道端で 私はどうやら私自身らしい後ろ姿をした人物の背中を十数歩程離れた距離から眺めていた
どうやらと言うのは 後ろ姿ではあっても何せ自分であるし
確かめに歩み寄ろうとしてみても全く同じ歩幅 スピード 方角へ息を合わせたように遠退き 立ち止まりその距離感は微動だに変わらず しかも
そんな何かを感じ取ったかのように 前にいるその私がこちらを振り返ってみようとしてみても その振り返る背後でこの私の位置はその視野の反対方向である彼の死角へとねじ曲がり まるで お互いを隔てた空間が ちょうどストローの蛇腹みたに屈曲して
どうあっても前にいる私であろう人物はその後頭部を私の方へ向ける他に無く
もう背後の気配の正体を確かめる事なんて諦めてしまったようで 今更ながら私は その自身の後ろ姿を まじましと眺めている他になかった
らちがあかず 自然と嘆息とともに足下に目をやると雨が残していったであろう水溜まりに 鏡うつしに逆さま映る筈の自分が 丁度二階の窓から見下ろしたように 水溜まりの底の方で足下を覗きこむようにして立っている姿が見えた…
家へ戻り
それらの事を机に向かい書きまとめようとすると
たもとに置いたコヒーカップの水面に私のメガネが文章を映していたので そのままコレを書き写し
こうして楽々と生きたままここへ 私は閉じ込められている