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肩代わりで
渡してしまったような
かえされた手を掴んでいた仇にさえもう
恨む事に疲れてしまったよ
わけとて
もう、違う朝さ
ありんこが
ふらふらしているみたいで理由を背負わされいる地べた
だだっ広く
ふりそそぐ雨
どうでもよさげな風
洗濯物を部屋に干す
、
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男は
40年もの間
その歌を鼻歌まじりに口ずさんできた
けれど
まともに歌うことは出来ない
遠い異国の歌詞だからだ
それでもサビだけは
自然とサビだけは聞きまねて
しゃがれた声で口ずさんできた
今となってはその歌声は
彼の人生の教訓と重なり
芳醇な古酒のように味わい深いものとなっていた
からっ風に躍動する稲穂達
切なさを隅々までばらまかれたように地平線が黄金色に染めあがる
明日へ向かう夕日を追い
渡り鳥達はゆく
トラクターは勢いよく煙を吹かし
麦畑に伸びる長い影は
あの歌を鼻歌まじりで麦の穂を刈っていった
やがて
けたたましいエンジン音が小さな家の前でやむ頃には夜のとばりに順番よく星々が飾り付けられていった
男は
10年前に妻を亡くし
子供はいなかった
40年前
妻が、まだ恋人だった頃
誕生日にその歌の入ったレコードをプレゼントされた
以来
レコードが擦り切れるたびに同じものを買い求め
妻と共に何千回も
妻が去ってからは何万回も
そのレコードをかけ続けたもはや、この歌は
くゆる煙草の煙よりも
男にまとわり
馴染み
寄り添っていた
ロッキングチェアーに深く腰をおろすと
暖炉の灯りを映し出したレコード盤は艶やかに回り
男は妻の写真を傍らにウイスキーを煽る
褐色の皺を潤すように
涙が頬をたどった
男は口ずさむ
未だ意味さえ知らぬ
遠い
異国の歌詞を
、
(はじめさんとの共作)
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国道58号線の足元をくぐるほとんど人だけが行き交う小さなトンネルがある
夕刻になると入り口付近には
魚売りのオバサン達がアルミのタライに天秤で ささやかでも溌剌と客足を呼びとめ
他に花売りや 雑貨屋なんかも肩を寄せ合いながら
その日暮しの商いをしていた
トンネルの先に浮かぶ半円の眩しい向こう側は通学路でもあった
傍らには床屋があり
インシュリンを射つ為だったのであろう注射器を
店主は時折 引き出しから出して見せては
幼い私を脅かし じっとさせようとしたりした
埋め立て地の方から吹く海風が 材木屋のおがくずの香りと渦を巻き 吹き抜ける眩しい向こう側に
何か特別な確信が約束されていた訳も無い
朝夕
戦闘機の離発着は繰り返され
空を覆う爆音をくぐり
踏み躙られる事に慣れた小さな島は
そこに ただ『ある』と言う意義の他に その価値をないがしろにされていた
それは よくある国家間の政略の下
誰が駆け出しても
抜け出せける筈もない
小さなトンネルの
向こう側の話しだ…
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遠いようで
近くのように
離れて行きそうで
すれ違いそうな手触り
サラサラとした
小さく
白い
紙コップ
底へ
繋いだ
糸が
もつれないよう
ちぎれてしまわぬように
耳に
かぶせたり
口に
押し当てたり
「大変、だったな」
すかすかの
思いやりの
ちじれた毛ほどの
有り体を
足元に
見おろす
外では
風にひっくり返された
バケツの転がる音が
もう
どこかにかでも
ひっかかって
静かになっていた
、
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ランプの灯りに揺れる
琥珀色に映えたシミーズから
静脈を僅かに透かした
いたいけな細い両の手足が伸び出ている
肩から覗く喉元を嗅げば
未だ微かに赤子の香りすら残る甘い命の豊潤が脈打っているだろう
傍観者の生唾に赤ワインが絡み
じっとりと飲み込まれていく
どこか
昼には気にならないのに
夜になると
それ程遠くはない
けれど訪ねて行くには臆するような
そんな向こうから
少女の名を呼ぶ声がする
夕靄の中
桟橋に繋がれた小舟に
裸足のまま降り立った好奇心は
結わえられた紐をほどくとオールも持たない不安も素知らず、陸を蹴り
水面へと滑り出してしまった
やがて
ひもじさを連れためまいは
自然に眠りと手を繋ぐように
膝を両の手に抱えさせ
そして、ほどけ
うつ伏せて横たわる
少女の胸は
心臓から真っ赤な血を全身へ満遍なく送る鼓動を
船底を通し水へと伝へ
湖深くに響き渡り高鳴っていった
湖の最も深い底の方では
湖の主が
新たな王女を迎える支度を整え始め
その慈愛ぶった
道化の、絵の具臭い唇と苔まみれの前歯の下には
陰惨になめずる舌を
おとなしくさせようとしてあやす下顎が、か細く理性を保っていた
栓を抜かれた湯船の
確かなスピードで
船はゆっくりと沈み始める
滴る水滴の波紋を歪め
水面に互いを映す旅は身繕いを始める
肉体を置き去りに
生死の境目をあらわにしながら
少女の死は完全に無垢な無駄になる
、
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ありきたりな話しでも良いなら
出来るだけ寝床に近い安らぎを見つけて
ここへ広げておきます
どこへ赴いても
そこが
毛布の外であろうと内であっても
自己顕示欲と勝手な達観の片隅
もうなにもかもが
どうでも良い事ばかりだけれど
まだ人の匂いのしない
冷蔵庫の音だけのする台所に
直火で煎ったコーヒー豆の香りが漂う
カーテンの隙間から射す
うすら眼の日差しが斜めに
カップへ注がれる琥珀色を
湯気でぼんやりと醸す
角砂糖が放り込まれ
遠くて涼やかな雲が水蜜桃の色彩いを呈すると
ちいさくスプーンを掻き回ぜ
カップの内側に微かに当たった音のように
雀達がようやく囀り初める
窓の鍵を外し しっかりと開いたら
冷えきった建具の感触をほぐす
温かかな陶器の掴み手がまわるい
センチメンタルな憂鬱が喉もとを通り過ぎ
吹き込んだ 草木に洗いしだかれたばかりの空気を
肺いっぱいに満たして
深い吐息をこぼせる幸せを確かめる
星座が繋いだ掌を放し堕ちて行くと
やがて四千万キロの彼方からたどり着いた
ピチャピチャと青く微笑むイルカの瞳だけが取り残された
馬鹿馬鹿かもしれないけれど
こうしてそれを仰いでいられる
この孤独で十分だ
、
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感傷が
小さな手に似た旗を振る
からっ風に連れられた、たどたどしい温もりが
振り払う腕に巻き込まれて纏わりつくと
目玉の裏側からタンポポが生えてくる
飼えもしない捨て犬を優しく撫で回して
置き去りにしてきた
よじ登った朝の
公園のジャングルジムの頂から臨む
地上から目にする事の出来る最も遠い眺め
主を無くした飛行機雲
四方を景色に囲われ、揺れる様に
手を差し伸べて、寄り添っているつもりになっては
置き去りにしてきた
自らの形を、無限に理解出来ない鏡写し
どこかの家からする
魚を焼く匂いを嗅ぐと
時間は光合成をさせに呼吸を外へ、奪い返す
掴んでいる筈の、ひんやりとした鉄の感触は
口先の友情のように疎ましく
街並みの影絵の向こう
眠気眼の日差しが訝しんでいる
もう
誰にとってもどうでも良い
青い舌触りの、十円玉を吐き出すと
ジャングルジムから、飛び降りていた
タンポポの綿帽子を散らしながら
、
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明日へと
硬く紡ぎあげる日々
白衣を縫うミシンの目よりも
なお慎ましく整った
朝露に濡れた蜘蛛の糸
洗い晒しの空を背に
油断なく、侮らず、臆さない
東風に易々と揺らされようと
下世話なクワガタ虫の羽に蹴散らされようとも
泣き言なんぞ、素知らぬふうにして紡ぎ直した
華奢な肢体が、なおさら更に魅入らせる
一人娘を育てる以外に
ふるう理由を断ち切った、かたわのかいなに
心当たりのあるやましさが絡め取られてゆく
既に発してしまった言葉に自由を奪い去られていくように
ためらいとわがままを玩味しながら、尺取虫は春を這う
たまらなくて
しかたのない衝動が
どこかで泣き叫んでいる
閃光と雷鳴の時間差が、遠のく距離を伝えてくれる頃
貴方を映えさす程に、晴れ間は満ちたりてゆき
その堅実さを僕は、振り仰いでいる
、
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あまり多くを語ると
尚 寄る辺なくなりそうで 小さく そっと ため息をついた
アンドロメダ星雲から
俺は地球へとやってきた
こんな俺が
乗り物酔いに弱い事なんぞ 知らぬが仏の喧しい うすらトンカチなカモメ共の飛び交うフェリーの甲板
紺碧のエーゲ海からダーダネルス海峡へと差し掛かる
今のうちに伝えておくが
この俺に
気安く声をかけないでおいてくれ
何しろ俺は
あのアンドロメダから来た男なのだから
「ハロー、ハロー 応答を願います 聞こえますか、聞こえますか
こちら地球、こちら地球 聞こえますか 応答、願います…」
通信機から返答はない
俺の知る銀河とは異なる周回軌道の長い旅路の果て
この脳味噌は
大宇宙に瞬く星々の数を なぞる程の痛みに耐えてきた
それらは
航路にとり残されゆく白波のように
刻々と遠のいてはいっても
途切れることはない
この目は
銀河系の渦の中核
いて座に抱かれ 赤子のように戦慄くブラックホールの超重力場に 星々が呑み込まれていく様を見た
銀河の衝突
潰えゆく恒星達の慟哭
超新星爆発の閃光
太陽の10兆倍に明るく輝くクエーサー
吹き荒ぶ宇宙塵
地球人類には
おおよそ計り知れない時空の旋律が脳裏を掠める
そう俺は
あの アンドロメダからやってきた
遙々230万光年を駆け抜けて来た男
下船迄のあと一時間を
耐えられそうにも無いというのに
、