詩人:遥 カズナ | [投票][得票][編集] |
男は
40年もの間
その歌を鼻歌まじりに口ずさんできた
けれど
まともに歌うことは出来ない
遠い異国の歌詞だからだ
それでもサビだけは
自然とサビだけは聞きまねて
しゃがれた声で口ずさんできた
今となってはその歌声は
彼の人生の教訓と重なり
芳醇な古酒のように味わい深いものとなっていた
からっ風に躍動する稲穂達
切なさを隅々までばらまかれたように地平線が黄金色に染めあがる
明日へ向かう夕日を追い
渡り鳥達はゆく
トラクターは勢いよく煙を吹かし
麦畑に伸びる長い影は
あの歌を鼻歌まじりで麦の穂を刈っていった
やがて
けたたましいエンジン音が小さな家の前でやむ頃には夜のとばりに順番よく星々が飾り付けられていった
男は
10年前に妻を亡くし
子供はいなかった
40年前
妻が、まだ恋人だった頃
誕生日にその歌の入ったレコードをプレゼントされた
以来
レコードが擦り切れるたびに同じものを買い求め
妻と共に何千回も
妻が去ってからは何万回も
そのレコードをかけ続けたもはや、この歌は
くゆる煙草の煙よりも
男にまとわり
馴染み
寄り添っていた
ロッキングチェアーに深く腰をおろすと
暖炉の灯りを映し出したレコード盤は艶やかに回り
男は妻の写真を傍らにウイスキーを煽る
褐色の皺を潤すように
涙が頬をたどった
男は口ずさむ
未だ意味さえ知らぬ
遠い
異国の歌詞を
、
(はじめさんとの共作)