詩人:浮浪霊 | [投票][編集] |
男は、何も見ていない目で台所を立ち回り、下手糞な手つきでジャスミン茶をいれる。指先が痺れきって動かなくて、出来たティーを口に運ぼうとしたさいに一切をぶちまけた。熱湯がひざにもかかるが、拭こうともせず次の一杯をカップに注いだ。
俺は、それを徒(タダ)見ている。
男は俺をうつろに見開いた瞳で見つめ、カップを歪な動作で口に運ぶ。熱湯が唇と、舌と、喉を焼き、溢れこぼれて襟を濡らす。
俺は、それを徒見ている。
男は、俺から視線を外すと、虚空に向けて話し出した。やっぱり幽霊なんていない、父さんの言った通り、子供の空想だ、子供の頃そういう想像をしたことがあったな。うん、あれは文章にすればよかったかもしれない。今では、何を怖がっていたのかも思い出せないや。大きくなると、ああいったものは自然と失われていって、手をすり抜けていって、もう二度と手に入らないものさ、そう締めくくり、沈黙した。
俺は、それを徒見ている。
無表情だった顔が、まったく何の前触れも無く激しく引き攣り、男は絶叫して手を振り上げると、自分の髪を掻き毟り始めた。まるで草をむしるような勢いだった。髪と表皮が百本単位で千切れ飛び、血の雫が辺りに飛び散る。俺は、それを徒見ていた。