詩人:鈴砂 | [投票][編集] |
時雨心地のくれない空
時計の針と雨の音
熱に浮かされ歩いては
見上げた空に澱み雲
水に濡れ
肌に纏わる遣らず雨
全て洗い流れるはずで
雨に打たれた独り道
額に張り付く前髪が
視界を阻んで突き刺した
排水溝から溢れる水を
私はただじっと見つめた
牢で渦を為したものは
冷ややかに眺めていた私を咀嚼し
獣然と吼えたててやまない
その声すら掻き消す程
雨音は酷くなるばかり
降る雨の下
排水の上
いつまでたっても水浸し
今日の雨は気違いだ
私の知らない梅雨を連れ
明日もまだまだ降るだろう
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長い手紙を書いていた
滅多に持たないペンを握って
「お元気ですか?」
「北海道でも、遅咲きの桜が咲きました」
沢山書いた
何枚も
最後はこう締め括ったのを覚えている
「また会える日を楽しみにしています」
丁寧に折り畳み
それを封筒に入れ
そしてそれきりになった
長いこと手紙を出していなかったから
すっかり忘れてしまったようだ
君の住所や郵便番号
本当に書きたかった事
切手の貼れない手紙は
今も机の中にある
手紙という記憶に逃げている間に
思い出の中に隠れていた間に
大事な物を無くしたらしい
だから今度は
その記憶まで逃げていかないように
奥に仕舞い 鍵を掛け
大事に大事に
仕舞ってある
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誰かが知らずに
踏んだ羽根を
掌に包み
空に還す
もう白くはないけれど
陽光に映えるように
頭を撫でるように
風に乗せた
鳥の落とした忘れ物を
雨の後の空に還して
もう置き去りにされないように
一途に青空に踊る羽根を
見上げて見送った
手を振る間もなく舞い上がる
もう旅立ったから
だからあともう少し
もうすぐ君のところに
きっと帰るよ
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水音よ
彼女の血に汚れたこの身を
お前は許すというのか
清めてくれるというのか
剣を握るこの手
この口は邪の言葉をも紡ぐというのに
それでもお前は
私を許すというのか
どうして貴方は
誰にでもそう
無条件に微笑まれるのです
何故私に手招きするのです
私は癒されてはいけないのに
何故貴方は
命を奪う者すらも救うのです
私は貴方にとって
不都合な存在だと
賢い貴方は知っていたはずだ
それだから貴方は
私に裏切られるのです
それだから貴方は
永遠の女神ではないのです
貴方は愚かしい
だから貴方は
滅びの女神なのです
それだから貴方は
私に殺されたのです
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透明な液体に詰まった
甘い甘い
ほんの一口だけのそれを
苦い褐色に注いだ
僅かしか無かったそれは
あっけなく沈み
跡形も無く底に消え
否、潜んだ
一緒に飲み干すつもりだったのに
それは沈殿し
其処にうずくまっただけだった
紛れて消えるはずだったのに
どろりと付着して
まだ底にあった
そうしてただ苦味だけが口に残り
甘かったはずのそれはまだ此処に残り
何度も過去に還る意識を抱え
私は眠らぬ夜を迎えた
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眼の前にある鉛の玉も
幼子にはわからない
見えるものは全て玩具
絵本も積木も人形も
はさみも包丁もストーブも
どれもこれもが楽しい遊具
紙一重の不思議の国
今日もうさぎの穴が手招いた
でも招かれたのは、そう…
そして彼女は帰ってきた
“おかえり”
“次は何のお話を聞かせてくれるの?”
目だけをぎらぎらさせ
傷だらけの笑顔を見せ
彼女は楽しげに声を弾ませた
そうか
君はまだわからないんだね
アリス、今日は何があったの?
今度は君が話して聞かせておくれ
君が見て来た物語を
私にも教えておくれ
いつか見た世界が
今はどうなっているのか
私も知りたい
私が語れるものはもう無い
あなたも見てきてしまった
私の話は終わった
そう
今日からはあなたがアリス
“何があったの、アリス?”
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ねぇ
お月様が見てみたい!
お月様って
いつもうさぎさんと一緒なの?
そしたらママやパパがいなくても
お月様は寂しくないね
私もお月様みたいになりたいな
ねぇお願い 連れてって
ほんの少しでいいの
小さなお姫様の
小さなお願い
いいでしょう
さぁ参りましょう
足元には気をつけて
―お散歩―
向こうをどんなに目を凝らして見ても
お月様もお星様も見えないの
真っ暗なの
向こうに行くの 寂しい
君がそう言うから
君のすぐ横
ほら そこにあるよ
示したそこには
半分だけのお月様と
お星様が一つ
すごい!
お月様ってあんなに光るものだったんだね
知らなかった
とっても綺麗!
嬉しそうにはしゃいで君は言ったけど
よそ見をして歩いていたから
道から落ちていっちゃった
小さなお姫様
そこからお月様とお星様は見えてますか
沈むお月様は
貴女が御気に召したようで
貴女を迎えに行きましたよ
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初めて付き合った人に
ふられた日
街の真ん中で泣いたこと
今でも覚えている
どうしてと訊ねても
理由を言ってくれなかった君
俺は席を立った
どんなに酒に酔っても
あいつはいい奴だったと
笑って言うなんてまだ出来ない
でも
煙草をふかし
あいつは最低な奴だったと
言うわけでもない
結局俺は最後の一瞬を延々引き伸ばした中で
今日もこうして酒を飲む
今では意図して止めた時の中だけに
あの時の微笑む君がいる
そんなどっちつかずの俺を
何処からか見てる君が嘲笑った
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遠い
遠い最果ての島を目指して
君は海を彷徨う
静かなる海を無理矢理に突き破りながら
君は当てもなく最果ての島を
遠い
遠い水平線の向こうに
目指した島があると信じて
君だけが海の上で
今も
海の向こうばかりみつめるのはやめなよ
そこまで辿り着けないことに気付いて
溺れるだけだから