詩人:夕凪 | [投票][編集] |
ちぐはぐな夢を
そこらじゅうに
描いてみたら
上手な繋ぎ方も
分からないまま
雨に濡れて跳ねた
通りすがりの
傘の花が
クスクス笑ったよ
おかしな希望を
引き摺ってるせいだ
大した事じゃない
ずぶ濡れの服の
重たさだけ
それなりにちゃんと
愛も傷もある
目深に被った帽子が
狭めた視界の分だけ
大切に守ってる
正義がある
時代遅れの最先端
あの子の笑顔に
会いたいな
会いに行くよ
雨が上がったら
嫌になるほど
空は晴れ渡り
虹はあっちだと
あの子がこの手を
取るだろう
雨が溶かした夢の色
そのうち消えて
探せなくても
悲しくはないよ
また描けばいいさ
今度はあの
笑顔の横で ─‥。
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暗い坂道の途中で
夜空の始まりを探した
向こうのビルの天辺に
ちょうど月が
乗っかるよう
あの日も同じ
夜空だったと
思った途端に笑った
同じ夜空など
ありは
しないのにと ─‥。
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音 景色
文字 感情 ‥
無意識に
届くたび
無意識に
涙 落ちて ‥
大きな円の
中心に
心を置いて
見渡した ─‥
何にも触れず
閉ざしても
肌に伝わる
風がある ‥
風は 私を
吹き抜けて
遠くの愛を
揺らして
滲ませた ‥
呼吸をする
それだけで
私は触れ合い
生きている ‥
求め合い
与え合い
そうして
ずっと
生かされていた ─‥。
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迷子の泣き声
聞こえたよ
捜してあげたら
泣き止んだ
いつかの約束
置き忘れた
思い出せない
遠くの方へ ‥
迷子が指切り
せがんだよ
忘れた約束
思い出した
迷子は私の
心だったよ
抱き締めたら
笑って泣いた 。
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あたしの右手
消えちゃって
君とはもう
繋げない ‥
ごめんね
行くよ
困った顔を
しないで
あたしが
好きだっただけ
君はあたし
好きじゃない ‥
こういうの
やめにするの
あたし
遠くに行くんだ
多分 君は
来れないとこ
だから
バイバイ 。
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時が経ち
やがていつかは
遠い昔の
歴史となる ─‥
子供達よ
足元を見て
想いを馳せて
欲しい ‥
君達の立つ
その場所で
起きた出来事を
君達の今を
守るために
這い上がった
人々の勇気を ─‥
忘れないで
覚えていて
いつまでもずっと
決して
風化させないよう
語り継げるよう ─‥
その足元を
踏み締めて
どうか生きて ─‥。
1・17を知らない
神戸の子供達へ ─‥
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古い民家が立ち並んでいた下町は、高層マンションや綺麗な一軒家ばかりの閑静な住宅地へと変わり
そこに寂しさを覚えない訳ではない‥
けれど、今あるこの町の姿が、17年分の人々の力強い復興への勇気の証だと思うと
この姿もまた大切な愛すべきホームだと分かる
未だ残る爪跡も、長い歳月をかけてやがては癒えるだろう‥
昨年、東北の震災を目にした時、東北の人々のこれから先にある長い復興への道のりを思うと
私は張り裂けそうな思いで胸が痛んだ‥
津波や放射能‥それは神戸の震災とはまた違う苦しみを、人々に深く強く残してしまうのだろうと‥
それでも、今日の神戸の姿が、生きてきた私達の自信と誇りが
僅かばかりでも東北の人々の糧になればと、心からそう願っている‥
生まれ育った故郷の景色は、たとえその姿を失ったとしても
決して人々の心から消え去る事はないのだという事を、忘れずにいて欲しい‥
生きている限り、必ず光は射すという事を─‥
同じ故郷を愛する人々が、共に手を取り心を繋ぐ事で、
それを経験したものだけが知り得る強さや温もりがあるという事‥
その事を大切に噛み締めながら、新しい笑顔や幸せを見付けられる様に─‥
過去から現在、そして未来へと‥
変わらずに変わっていける様にと─‥。
今日この日、神戸そして東北の震災に遭われ、尊い命を亡くされた全ての人々に‥
そして懸命に今を生きている全ての人々に‥、私は心からの祈りを捧げる─‥。
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「ドン!」と鳴り目覚めた次の瞬間、私の体は上下左右に揺らされ
よく分からない思考回路でパニックになったのを覚えている‥
一度目の揺れの後、這いながら部屋の外へ出ようとしたが
ドアは歪んで開かず、私は叫んでいた‥
すぐにやってきた二度目の揺れに、入り口の前で小さくうずくまり恐怖に震えているしか出来なかった‥
揺れが治まると、体当たりでドアを壊し
抜け落ちた階段を、飛び降りる様にして家の外へ出た
異様な匂いと見た事のない景色‥それは地獄だと思った‥
夜明けがいつだったのか分からない空は、東から西から次々上がる炎で赤く見えた‥
父は生き埋めになった人の救助にあたり、母と私達子供は、駐車場の車の中に避難していたが
薄着に素足のまま飛び出した体は、寒さで痛く凍えそうだった‥
父達が救い出せたのはほんの数名で、多くの人が圧死や焼死で命を落とした‥
私達の住む地域は被害が大きく、救援物資もすぐには届かず‥
ヘリコプターに向かって「テレビに映す暇がなるなら、そこから食べ物を落とせ!」と叫んだりした
生き残るための日々の始まり‥
死を哀しむ余裕などなく、ただただ必死だった‥
地震から二週間程経ち、私は地震後初めてお風呂に入れたが
髪も体も汚れすぎていた為泡立たず、すごく惨めな思いがした
それでも人間らしい感覚が甦ってきて、入浴という当たり前の行為に幸せを感じて感謝した
自衛隊などいらないとよく言われるが、あの時の私達には、どんな偉い政治家よりもはるかに頼もしく
懸命に現地で動いてくれたその姿は、神様の様にさえ思えた
彼らは戦争の為にいるのではなく、全てにおいて国民を「守る」為に存在してるのだと感じた。
三ヶ月が経ち、ようやく電気・ガス・水道全てが復旧した
この頃から私達は、本当の意味で前を向き始めた様な気がする
人間らしい生活を取り戻しながら、失った町を甦らせる決意を皆で話し合い
どんな時も助け合った‥
半年が過ぎ一年が過ぎ‥
17年という時間はあっという間だった‥
そうしてこの町は、新しい長田の町に生まれ変わった─‥。