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望月 ゆきの部屋  〜 投稿順表示 〜


[375] さしすせそ
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

錯覚だなんて言わないで
信じさせてあげる
スーツケースをもっておいで
洗濯ばさみはあるからね
そんなふうに笑ってて


予定なんて
変更したっていいんだ

2006/01/28 (Sat)

[376] 仰ぐ、空の視界で
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

規則的に並んだ 長方形の、
石の上に横たわる
やわらかな、暗室
腕をまっすぐ 前に伸ばして
星座の距離をはかる
おや指とひとさし指で足りるほどの
遠さで
わたしを見下ろしている


そのすきまに点在する
無数の塵や、光
それらを内包して、視界は
少しずつずれていく


もう、何遍
そうやって仰いだのだろう


真上に来る瞬間を
いつも見逃してしまう
やがて通り過ぎては
消えゆくものばかり
追いかけているせいだと
見えない空が
わたしを促す


不必要なほどに
ねじまげた、からだの 
右側から  
沈んでいけたら、きっと
もっと
ただしい距離でつながっていられた

2006/02/02 (Thu)

[377] ブレス
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

送電線の下をくぐって
アスファルトの海を
ぼくたちは、
泳いで、


はりめぐらされる
緯度や経度に
足をとられながらも
ひたむきに
日帰りの旅をくりかえす
ねむる前、ときどき
アスピリンをかみ砕く
そんなふうに つかの間 
痛い場所を忘れる


限りあるこの世界の
底で
明滅する、リアル
まぶたの奥でくりかえされる、その
呼吸音の記憶をたよりに
あしたの方角を
さがす


泳いで、
ぼくたちは、
息つぎのしかたを思いだすために
何度でも、生まれる
いつか 散っていくまで
砂時計を反しながら
泳いで、


いつも
季節だけがそれを越えて
まぼろしみたいに、遠ざかる




2006/02/04 (Sat)

[378] 朝の方へ走ってください
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

川沿いに歩いて ようやく
国道まで出た
ぼくたちは、しばしば
夜を迷う
ぼくたちには靴がなかったけれど
それはたいした問題じゃなかった
歩くべき道を
さがすだけの、夜を
迷っていた
地図の上では 車が
時間と交差しながら
走りすぎる
ヘッドライトが照らす方向に目をやると
ときどき 
あした、また
起きだしていくぼくたちが
ちらつく


バス停で
昨日までのレシートの束を
ぜんぶ捨てると
5グラムだけ軽くなった


「運転手さん、
   朝の方へ走ってください」
と告げると ぼくたちは
すこしだけ楽しくなって
つかのま、眠りにつく


停留所には、靴が
きちんと並べられていて
当たり前のように ぼくらは
それを履く
それから
朝の入り口をとおって
また、日常を歩きだす

2006/02/20 (Mon)

[379] 八月の、リフレイン
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

透きとおる真昼に
日常が、消えていく
八月に買った青いびいどろは
もう割れた



観覧車に乗りたいと言ったのは
あのひとのほうだった
てっぺんに着いても
世界はちっとも見えなくて
あのひとは教えてくれなかったけれど
そんなことは
ずいぶん前から知っていた
わたしからあふれ出たことばと
うすいガラスの鳴き声
だけが そこいらじゅうに
つめたく散らばっていて
わたしたちは
できるだけ、ゆるく
手をつないだ
てのひらの温度がいつもしっくりきた


わたしのか
あのひとのか
わからない体温をつないだまま
となりで笑って
あんなにも許しあった
のに
今では もう
ときどき夢であうだけの
たよりない存在となってしまった



びいどろの音をわすれていくように
すこしずつ
わたしをひき算していくと
伝えるべきことばだけが
ちゃんと、のこる
それをテーブルの上に書きとめて
いつかまた、って約束した
あの
うまれおちた八月に、かえっていく

2006/02/24 (Fri)

[380] ブランシュの丘
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ねえ、ブランシュ、
あのとき
あなたが越えようとしていたものがなんだったか
今のわたしにはもう
それを知る手だてもないけれど
あなたはいつも わたしの
理解の範疇をこえて
日常のただしさから
逃げているようなひとだった



窓わくを青に塗ったのは
空とひと続きになりたい、と
あなたが言って
わたしが笑った あの
朝八時の景色を
ずっと再生しつづけたかったから
遠くの丘の上に見えた 白い校舎と
そこからかすかに届く
チャイムの音だけが
この部屋から消えてしまった
あなたより、すこしおくれて



何万回も夢をみて
何万回も泣いたけど
そのたびに
でたらめな歌を口ずさんでくれた あなたが
ほんとうは夜がきらいだったことを
わたしはちっとも
知らなかった
ねえ、ブランシュ、
あれからたくさんの歌をおぼえたから
今ならひと晩じゅう わたしが
となりで歌ってあげられるのに



ねえ、
わたしたちは いつも 
あまりにたくさんの意味をもちすぎる
曖昧なだけの言葉にふりまわされていて
点滅する、信号さえ
見失っていたよね
だけど それでもわたしは
しあわせだった
って言っても もう、
うそになるかもしれない



ねえ、ブランシュ、
日常は苦しすぎて
先のことなんて考えたことはなかったけど
今もまだ
テーブルの向かい側には
あなたの姿を見てしまう
すると
遠くの丘から かすかなチャイムが届き
あなたの吐くたばこのけむりが
壁づたいに 青い空へ
スポンジの模様で、消えていく

2006/03/10 (Fri)

[381] 終着、そこからの
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

ターミナルに出ると
うす青い空が広がっている
通りは車で渋滞していて
そのまんなかでは 赤信号が
意味をさがしながら
点滅する
帰らなければ、と漠然とおもっていた
帰ろうとするその方角を見失って
わたしは
いつしか前のめりに
その場に溶け出してしまう



たしかに、あの日
わたしは列車に乗っていた
遠くの水平線には 巡視船が
陽炎のように浮かんでいたし
三つ手前の駅を通り過ぎるとき
開け放った窓からは
焼きたてのパンのにおいが
入りこんできた
わたしの駅をおりるといつも
磯くさい風が吹いてきて
それはとてもしあわせな瞬間だった
その瞬間が、これからもずっとつづいていくのだと
あの日のわたしが
どうして思えなかったのか
今になってもこたえが見つからない



シャッター音がして
景色が切り替わる
信号が青にかわっても
相変わらず 車は足踏みをしていて
その靴音だけが
わずかな湿気をふくんで
空からすこし低いところで
停滞している
わたしの質感だけが、徐々に
うす青い景色に吸収されて
帰ろうとしていた場所も、もう
記憶の外側へ



ターミナルは、今日も
磯くさいにおいにつつまれている
さびついたレールが音をたてると 
ゆっくりと
わたしを乗せない列車が
ホームに入ってくる

2006/04/13 (Thu)

[382] 水墨夜
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

筆先で湛えきれず
液体が
ぽたり、ぽたり、と
滴るので
両の掌をくぼませて、ふくらみをつくり
上向きに 
すこしかさねて
それをすくおうとしてみるけれど
わずかな隙間を
液体はすりぬけてしまう
墨汁にも似たそれは 
掌に滲んで、
痕をのこしていく



透明で色のない空に
ぽたり、ぽたり、と
液体は落ちて
その点描は しだいに
隙間をうしない、
ぬりつぶされて 世界は
夜になっていく
わたしの掌には 今も
薄墨の色が消えない



夜の下でねむるわたしが
夜をつくりだしたのだということを
わたしは知らない
それ以前に わたしは
いずれ、朝がおとずれる
という夢を 
まだ 見たことがなかった
それほどに
強く、しなやかな闇に
抱擁されていた



どこか遠くで
ぽたり、ぽたり、と
滴る音が聴こえている
薄目をあけながら ゆっくりと 
掌の痕を、確認する
筆先は 今も
湛えきれないほどの液体を含み
滴るそれは また
ほかの誰かの掌に
痕をのこしているだろうか



水路を、月が流れていく


2006/04/18 (Tue)

[383] 不感症の夜に
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

  (あのひとの記憶がしずむ海は、いつしか防砂林で見えなくなった)
  (越えられない高さに、すこし安心した)
   





砂が、降って
深く深く沈んで 底まで
皮膚だけが呼吸をわすれて、ねむる
いつしか あのひとの
面影にさいなまれることもなくなり
それなのに
容易に寝付けないまま
わたしの夜が音をたてる



わずかにずれていく音階に
からだを寄せると
遠く、幼きころ
鍵盤にそっとのせた
細い小さな指先のふるえを思いだして
いっそう 深く深く
沈んでいきそうになる



ソの音だけが いつも
弱々しかったわたしの、小指をとって
指きりのしぐさで笑わせた あのひとの
口ずさんでいた歌も
もう忘れてしまった
記憶の隙間には いつしか
砂が、咬んでいて
あたらしい毎日を保留にしている




防砂林をすり抜けて届く
かすかな振動が
わたしの皮膚を起こして 徐々に
不感症の夜が明けていく
見上げた景色を切り取ると
空の手前に電線がゆれていて
それは
行ったきり帰らない音が
のっていた五線譜の空白に
よく似ていた

2006/05/17 (Wed)

[384] 透けていく、夏
詩人:望月 ゆき [投票][編集]

彼方からの気流にのって 届いたそれを
あのひとは
夏だと言った



わたしにとって
わたしの知らない、どこか
遠い場所で あのひとが
笑ったり、泣いたり、しているということは
あのひとがもう死んでしまって
世界のどこにもいない、
ということと 
おんなじことなので
まちがえて
あのひとの何もかもがきこえてこないよう
もうひとつの 透明な手で 
耳をふさいだまま
泳いでいる



消えてしまったひとのかわりに
わたしに沁みこんでは
ぬけていく 湿り気をおびたそれが
この部屋を満水にしないよう
窓を開け放って
逃がす
そうしているうちに いつしか 
記憶が行方知れずになった



水のない空の波のまにまを
息をとめたまま
泳いでいると ときどき
忘れていた、あのひとのクロールの
波動が
皮膚をふるわす
呼び起こされそうになる瞬間、
遠くから つよい風が吹いて
目をさます
部屋は、まだ
湿気をのこしたままで
そうして、わたしの中にだけ
だれもいない



理由のない明日へと
開け放たれた
いつまでも曇らない窓ガラスから
見たことのない、夏が
透けていく
彼方からの気流にのって 届いたそれは
もう、名前もしらない

2006/07/13 (Thu)
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