詩人:望月 ゆき | [投票][得票][編集] |
彼方からの気流にのって 届いたそれを
あのひとは
夏だと言った
わたしにとって
わたしの知らない、どこか
遠い場所で あのひとが
笑ったり、泣いたり、しているということは
あのひとがもう死んでしまって
世界のどこにもいない、
ということと
おんなじことなので
まちがえて
あのひとの何もかもがきこえてこないよう
もうひとつの 透明な手で
耳をふさいだまま
泳いでいる
消えてしまったひとのかわりに
わたしに沁みこんでは
ぬけていく 湿り気をおびたそれが
この部屋を満水にしないよう
窓を開け放って
逃がす
そうしているうちに いつしか
記憶が行方知れずになった
水のない空の波のまにまを
息をとめたまま
泳いでいると ときどき
忘れていた、あのひとのクロールの
波動が
皮膚をふるわす
呼び起こされそうになる瞬間、
遠くから つよい風が吹いて
目をさます
部屋は、まだ
湿気をのこしたままで
そうして、わたしの中にだけ
だれもいない
理由のない明日へと
開け放たれた
いつまでも曇らない窓ガラスから
見たことのない、夏が
透けていく
彼方からの気流にのって 届いたそれは
もう、名前もしらない