詩人:フィリップ | [投票][編集] |
陽だまりの部屋のすみっこ
何の変哲もない
一枚の写真が
ハラリ と落ちた
それをふと手に取ると
記憶の奥に眠っていた何かが
まるで水面の波紋のように僕の体中から目を覚ました
あの頃 僕は水溜まりを飛び越える事が出来なかった
出来るのは細い靴紐の轍とズブ濡れになった洋服だけだった
皆飛び越えていくのに
僕だけが置き去りにされてしまっていた
大人になった頃には
そんな事はすっかり忘れてしまっていた
だけど何かが引っ掛かっていた
それは 姿は見えないけど
重たい何かだ
それなのに
あんなに引っ掛かっていたものは
この写真で いとも簡単に外れてしまった
あれはまるで
まぼろしのような時代を硬く止め繋いでいた
見えないクリップがあったようだった
そういえば
昨夜見た夢に神様が出てきた
戸惑う僕に
「落っことしたものを拾ってきなさい」と言った
いつだって神様は意地悪だ
だけど
僕の中で何かが弾けたんだろうか
ランニングシューズをふいに履くと
雨上がりの国道を抜け
長らく通る事の無かった
通学路を駆け抜けた
今ならきっと
水溜まりも飛び越せる
そう思った
水溜まりを飛び越えた時
僕を挟んでいた
あの見えないクリップ
「まぼろしクリップ」が
プツリと切れた
陽炎のような思い出を
全身で振りきった
僕は今
地平線の彼方まで
走っていけそうだ
僕が立ち止まって
青い空を見上げると
あの時の神様が
笑っているようだった