詩人:室生 遥子
うそつきなこどもがおりました。
(1、いまおまえが毛蟹のようにほほえましい)
構成祭の日曜日、アニマパークにディクディクがやってくるらしい。
そんなニュースがとびかって、クラスはいつもにまして高音域だった。
ぼくはぬるぬるした生徒の間をするりと抜けると、自分の席に鞄を放るように置く。
むっつり横向きに座ってる前の席のヤシハルに話しかける。
「なあ、ほんとかな?」
もちろんディクディクのはなし。
「さあ。でも去年のカラカルはガゼだった」
ヤシハルの目は存外鋭かった。
ありし日を睨んでるんだろう。
彼はアニマパークで『ヤリガタキュウチュウつき軍隊蟻』を買って以来、アニマパーク不信に陥ってるのだ。
「ディクディクってかあいいんだよなあ。おまえすき?」
「しらん。ホニュウ類は専門外だ」
ヤシハルは寄生虫を好む。
変なヤツだ。はっきりいって変態なのだ。ホモではないのが唯一の救いだろう。
「みたことあんのか?」
「図鑑でなら」
「どんなやつ?」
あからさまに気のない様子だったが、ヤシハルがホニュウ類のことを尋ねてきた事に、ぼくは動揺した。
わりと繊細なのだ。
「えーと、ちっちゃい鹿みたいなかんじ。めがでっかくて…」
しかし仕方ないので回想する。
繊細で親切なのだ。
そうそう。
そういえばヤシハルも目つきは悪いが、実はぬれぬれ黒目のアーモンドアイだ。
まつげもながい。
「あー、まつげながくて」
なんだかメーテルを彷彿させる。
あ、
でもディクディクは鼻もながかったな。
そこがまたいいんだけどね。
「鼻がながいのな。失敗した象みたいなの」
ぼくはヤシハルの鼻が妙にながいことにきづいた。
あ、
あれ?
ヤシハルってこんなに鼻ながかったか…?
そのとき、困惑を隙撃するように、ヤシハルの鼻がにゅむっと伸びた。
「そうだ、鼻がのびんだよ!」
動揺するぼくをしりめに、ヤシハルは口をにゃむにゃむしている。
ぼくは絶句した。
「ふーん」
そしてヤシハルは、自分からきいたわりにずいぶん退屈そうに返事をした。
ヤシハルはなんにも言わなかったが、その日からぼくは、彼がディクディクだということをしっている。