詩人:千波 一也
いつもの小屋の入り口に
その蜘蛛はいた
わりと小柄で
さほど気持ち悪くはなく
タバコの煙を吹きかけながら
逃げ去るさまを
愉しんでいた
正午の陽射しが
いくらか涼しくなった今日
いつもの小屋の入り口に
その蜘蛛はもう
いなかった
代わりにいたのは
二匹の蜘蛛の子
入口の戸の隅っこに
こぢんまりと張られた
蜘蛛の巣がある
こぢんまりでも
何かを守るように
しっかりと張られた
蜘蛛の巣がある
その奥に
大切そうに並んでいたあれは
卵だったのだと
ようやくわかった
親蜘蛛は
居場所を変えたか
他の虫のえじきとなったか
寿命が尽きたか
定かでない
蜘蛛の子の
忙しそうにうごめく姿だけが
ただただ定かで
タバコの煙が
線香めいて揺らめいたことの
真相もまた
定かでない