詩人:千波 一也
咲いたばかりの花の香を
たのしんだ人の数は知れないが
個々の名前もまた知れない
(図書室のカードには
(知らない名前が多すぎますが
(そんなことには慣れっこです
(不慣れであっても
(責めたりしません
いつか、の匂いを共有できたなら
それだけで満ちてゆくものがある
たとえ言葉はちがっても
(きみは、つぎに
(どんな本を読みたいのでしょう
(誰に向けるでもなく問うてみるけれど
(答なんかは要らないのです
(憩いにとっての害悪ですから
さくら、ひまわり、みずばしょう
すこしも疑わないで名前を呼べることの
誤りにまみれた純粋を、ときどき誇る
つくろうとしたって、ね
うまくはいかない結末が
笑顔そのものなのだから
(悲観しなくて良いのです
(楽観する必要も無いのです
(呼吸さえあるならば
(図書室は湿ってゆきますから
(紙の素材にぴたり、と添って
海原には海原の
高天原には高天原の
やさしい約束としての、透明な足跡がある
(ページはいつも待っています
(はじめての目も
(続きをめくる目も
(垣根などつくらずに
(平等な重みで待っています
なんとなく
得体の知れない春が心地よくて
まだまだ夢は終われない
歩き慣れたそぶりの
音や背中があふれるほどに
自覚する
(そういえば
(しおりには花が
(よく似合いますね
(香らないようで香ってやまないインクのお供には
(最適なのだと思わされます
つぎは、誰の順番なのだろう
いのいちばんに挙がる名前から
百番ほど後に出てくるそれを、想像してみる
ほんのりぬるい風たちに
いじわる未満のくしゃみを頂戴しながら
椅子にもたれて待ってみる