詩人:あいく
まだガラケー使ってます。「えっ、誰が?」「【あいく】さんが」と、とりあえずネタではなく一つの事実として。
使ってる本人がソレを指して「ガラケー」と呼ぶことに自虐的意識もなければ、微塵の違和感も感じる事が無くなっているのわ、まったくもって世間様がそう言う空気、、、いえ、あえてココわ私の脆弱なる反骨精神を奮い立たせて申し上げましょう「世間様の風潮が成している」からです。ですが「言葉わ生き物である」と常々に思い、無闇な言葉バッシングなどする気は無いのですよ、と言うのが【あいく】さん的スタンスで御座いますからあげくん。「ガラケー」も既に世に生まれ落ちた一つの「言葉」であるのでしょう。
ツイッターとかLINEとかした事が無い【あいく】さんが、明らかに世の時流に乗り遅れているのわ否定しようもありません。なんだろう?形としてわ、なんどきも流行に背を向けて生きている様な事になっております。ですが、決して偏屈な年寄宜しく機械的文明、享楽的文化を厭離穢土するものでは無いのですよ。寧ろそれ等を好ましく思っているくらいですから、それならば何故?ですよね。ぶっちゃけて言いましょう。「新しーこと憶えんのめんどいし、無くても生きていけるんぢゃね?」です。
コレ読んでる人いるのですかね?もし居たらすごく申し訳ない気分になるのですけど。前回から引き続きエッセイとしてテーマにたどり着く気配が些かにも感じられない、と思われるでしょうね。そうでしょう、だって私もそう思ってます。どーしてこーなるかなぁ、、、テーマについて考えてるとね、それこそまるで蜘蛛の巣みたいに四方八方に考える事が伸びていくのです。例えるならば、昔懐かしいTV番組「伝言ゲーム」に出演したガッツさんみたいなものです。思いもよらぬ方向に発想が飛んでいくのですよね。ただし全ての思考わ最初の点から枝分かれして在るものなので根気よく手繰っていけば、いつかはテーマに辿り着くんぢゃないでしょうか、いかがなものか?
正直に申し上げれば今回わ、【あいく】さんと「コンピュータ」との馴れ初め的な話を書くつもりだったのですよ。まぁそれにしたってよく解らない話題のチョイスだと皆さまわ思われるでしょうね。なんとか次回に頑張りますね。
←TO BE CONTINUED。。。
『指先の僕ら』