詩人:浮浪霊
一昨日の金曜日、役場前広場の古傷がとうとう裂けて血を吐いたという。
それが僕らにはとても信じられなくて、隣の静紀ちゃんと申し合わすと(っていうか静紀ちゃんにそそのかされて)、自分たちの眼で確かめようと両親の厳重外出禁止令を振り切った。
町バスはもう走ってなくて、僕らは町の中心へ続く人気の無い大通りをひたすら急ぐ。
休校続きの学校の三倍も遠いそこへ、くたくたになってたどり着き、問題のそれを見て僕らは立ちすくみ、広場にだらし無く開いた巨大な口を声も無く見詰めた。
大人たちがあんなに必死に塞ごうとしてたのに。
張り巡らされた立入禁止の警告帯をくぐり抜けた先、裂けた傷口は腐って、生臭い死臭を立ち上らせている。
らしくなく無口だった静紀ちゃんは、その傷を見て遂に完全に黙ってしまった。僕は逆に恐ろしくなって喋りまくったが、彼女は強張った顔で裂け目を見詰めるばかり。
ちぎれるような音と臭いに恐れをなし逃げよう帰ろうと提案しても、静紀ちゃんは、動かない。
僕らは間もなく僕の両親に捕まった。
もうずっと以前から、様子が怪しかった。此処ももう駄目だ・・・ 父さんの声は震えていた。僕らの肩を掴んで、車に連れ込む。
父さんと母さんは僕らを叱ろうともせず、終始ただ陰鬱に黙りこくっていた。帰りに僕らは静紀ちゃんの家に寄り、そこでは静紀ちゃんのお父さんとお母さんが待っていた。
母さんは僕らがちゃんとお別れをすることにこだわって、それは僕をかえって不安にさせる。
また会えるよね、さよならを言わされた別れ際囁いても、静紀ちゃんは俯いて答えなかった。
車が、発進してしまう。
雨が降ったら、いや降る前に町を出なければ。そんな話を、帰りの車中、父さんと母さんはしていた。