詩人:鰐句 蘭丸
少年の前には轍がある
少年の父のトラクターの通った跡だ
少年の父は農夫だった
少年の父は数ヶ月前に農薬を飲み自殺した
長く鬱に苦しんでいたという
少年の父のトラクターを操作し作業機を装着する俺を見て少年は
「じょうずじょうず」と小さな手を打って無邪気にはしゃいでいる
少年の母が
「この子も機械が好きみたいで」
少年を優しい目で見ながら明るく言った
少年の家に必然的に存在した少年の父と
父の遺したトラクターと機械たち
少年の父の思い出の一つである農作業機を俺はトラックに積み込んで
少年に
「バイバイ」と言う
少年も俺に
「バイバイ」
作業機に
「バイバイ」
少年の前には轍がある
少年の目の前を去る父の作業機を乗せたトラックの轍
父の思い出の轍
父のトラクターが好きだった少年
父が大好きだった少年
今も大好きなんだ
少年の前の轍は父の思い出の轍
少年は父の歩かなかった道に少年の轍を刻むだろう
強く
生きてゆけ少年