詩人:地獄椅子
誰かの作ったカラクリが、俺を不幸にしている。
絶対にそうだ絶対に。
本当の事を言っただけなのに、貴女は俺に病院を紹介するんだ。
その病院は辛気臭く、若い看護婦は一人もいない、監獄のような雰囲気で患者はみんな目がイッちゃってるか、ぼんやりしてるか、死んだ魚のようかどれかだ。
ドクターは明らかにヤブだ。それにきっとアル中だ。手つきや文字は震えてて息は酒臭い。
誰一人としてマトモな奴がいない病院。いや…元からマトモな奴なんて俺しかいなかったが。
俺が生きていること、それを奇跡と呼ぼう。
少しでもマトモでいたかっただけなのに、どこで踏み外して、なんで俺こんな所にいるんだ?
きっと誰かの陰謀だ。
誰か、きっと闇の組織か何かが、俺を落としめようとしているに違いない。
みんなこっちの世界に片足突っ込んでるのに、眠った狂気に気付かずに、スヤスヤと寝息をたててやがる。
幸福は、知れば知るほど欲しくなる。
もうそれなしでは生きられないほどに。
弱体化と馴れ合いのドープ。礼節と虚勢のマトリックス。盲目と惰性のマスカレード。
真夜中に患者の一人が「俺は病気じゃない」と叫んだ後、脱走しようとして大騒動になった。
なぜだろう、痛いほどそいつの気持ちが解る。
ここから見る月に、嫌気が差したんだろう?
聞けばそいつは、ITビジネスで成功して、金持ちのエリートだそうだ。
人生にピークがあるならば、そいつの花はもう、枯れちまったのかい?
妻も部下も面会に来ないんだな。
俺には今の姿の方が、人間らしく見えるぜ。
今までのお前さんは、せいぜい奴隷か家畜か乞食だ。この資本主義の。
窓を開け月をごらん。
この病院から見る月だって、たまには愛しく思えるさ。
今度一緒に飲もうぜ。
ビルゲイツとか、時間に追われた日々を忘れてよ。
俺達の方が、懊悩を味わった。吐き気がするあっちの世界を憐れもう。