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詩人:トケルネコ
地図にはない道の喫茶店にはアヒルの親子の看板がかかっていて
朝の早いうちから開店し、夕暮れいっぱいまでやっているそうな。
椅子は全部で12脚。テーブルはないらしく、壁には一面様々な色彩の絵が飾ってある。
客はといえばたまにはぐれた人影がやってきては、しばし座席で
ボゥっとするぐらいで、メニューはいつだって埃を被ってる。
ツツムラさんはそんな喫茶店の気のいいマスターで、愛猫のビニールと一緒に
少ない客をいつも日溜まりの席で待っている。
ある雨上がりの朝、少女の影がやってきて、珍しく「ミルクティーください」と注文してきたそうな。
ツツムラさんは慌てて椅子から立ち上がると湯を沸かしはじめたが
あいにく火の精は大半が出払っていて、水たちを怒らせるには声量が足りなかったらしい。
困り果ててツツムラさんが立派なモミアゲを撫でてると、
ビニールが『代わりにあれをあげよう』と言ってきた。
あれとは、あれかい?とツツムラさんは暫し難しい顔で思案してたが、
少女の影がユルユル渦巻きだしたのに気づいて、意を決したそうだ。
ツツムラさんが猫の形を解いたビニール袋を被って、壁の左端の真っ黒い絵に飛び込んだ、その刹那
ツツムラさんの体は冷たい水に包まれ、無色の静寂に沈みこんでいった。
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