詩人:善田 真琴
四日目の夜もかくて更けぬ
空には晧々たる満月上がりて、辺りを隈無く照らし隠れもなし。
「名は何とや申す」と問へば「妾は火垂と申すなり。汝は」と返すに「我に名は無し。父母と早くに別れにければ。名無しと呼ぶべし」とて寂し気に笑ふなり。
「さて、名無し様。月も適ひぬ、いまは漕ぎ出でな」と戯れに額田王の熟田津の歌引きて誘へば、「それは何やらむ」と名無しの困り顔に言ふが可笑しくて微笑めば、「何故かくやは笑ふ」と不機嫌に頬膨るるが、更に面白くて笑み抑へあへず、遂には名無しも釣られけるにや、訳知らぬながら火垂と共に笑ひ合へり。
「かく笑ひしは、我が生涯にて初めてなり」と名無し呟くを聞きて「外には更に楽しきこと多く侍り。いざ共に」と火垂の励ましに力を得て、名無しの外界への怖じ気も薄らぐ心地するなり。
満月の夜、雲一片も無きはさらなり。外は明かりて真昼の様なれば、村の悪童ども日の暮れ夜は更けにけれど、遅くまで野原にて遊び居りけり。
童部の年長なるが、長き竹竿の先に手拭ひ巻き付けて、空へと突き上げ支へ居るは、蝙蝠を捉へむが為なり。飛び疲れ休まむと竿に掴まるや、手拭ひの編目に爪の引き掛かりて逃ぐるを得ず、容易く捕まえらるる仕掛けなり。既に一匹の蝙蝠捉へられて、地面に力なく横たはりて、身動きもせぬ様子なりき。その周りを遠巻きに童部二人、三人、「姿、醜く怖し」「臭ひくさし」とて細き木の枝にて突きつつ笑ひ興じ合へり。