詩人:善田 真琴
「さて、夜も更けにければ家に帰るべし」と童部ひとりの言へば「然り。されど、蝙蝠二匹如何にせむ。持ち帰りても益なき物を」と応じるを、「一層、川に捨てなむ」と定まりて、童部の年長なるが諸手に蝙蝠が両脚をむんずと掴みて、三々五々、川原へ急ぐなり。
その道々、「不可思議なる事あり。今宵は満月なるを、空見上げ給へ。知らぬ間に光減じて三日月となりしを」とて一人が言へば、「げに。闇も見る見る暗さ増しつつあるが怖く心細し」と応へるうちに、空に月の欠片もなく、辺りは真の闇に包まれにけり。
と、そこへ月と入れ代るがに、火の玉の如き大き光の俄かに現れ出でて、此方へ向かひ来れるが見えたり。童部どもの驚きななめならず、蝙蝠二匹うち捨て、慌てて蜘蛛の子散らす如くに逃げ去りにけり。
大き光には形無く、丸き月かと思ひきや、散開し星屑の雲さながらに見えて、やがてうち捨てられし二匹の蝙蝠を包み込みしまま動かず、暫くの間、墨を流せし漆黒の闇の中に目映ゆき光芒を放ち続けにけるとぞ。或いは皆既月食の夜の出来事にてやありけむ。なほ、蝙蝠二匹と蛍一匹のその後を詳らかに知れる者は無しとて語り伝へたるとかや。