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詩人:甘味亭 真朱麻呂
雑草もまた
生きているからでして
生き物なわけだから
安易に毟りとるのは動物を殺めるのとなんら違いはないんだ
そんな事いちいち説明しなくても
わかってなきゃならない
それはただ単に人間だからって理由で片付けたっていいくらい
人間ならばわかってなきゃならない事なんだな
雑草もまた 人もまた
同じ生き物なのだからして
決して他(た)のもののじゃまになるとか全体がだめに見えるとかの理由で雑草の生きる資格を奪っちゃならねぇ
下手でも頑張る気持ちは一番群を抜く
もしかしたらそん中でも一番光ってるのは雑草で
目立たなくても一番光ろうと努力してるのは雑草だから
そんな雑草もまた生かす場所を与えてやらにゃならないんだ
それがほんとうの人間のやさしさとか他人さまを思う人間らしさって心なんだな
だから
せっかくこの世に運よく生まれた命を
人間だろうが草だろうが
「雑草」なんて言葉で別にしてまるでぬけ者みたいに呼んじゃいけないんだよな
それじゃ人間は人間でいる心を放棄したようなもんだから
そんな事いう人間は人間じゃねえ
ただの人間の皮をベタベタはりつけた肉の塊なんだな
だから人間は皆平等で年もなにも関係なく同じ立場で対等な位置にいなきゃならないんだよな
その辺がいつの時代も日本も外国もなってねえな
まだ性懲りもなく雑草扱いしてる国や場所があるのは悲しいな
枯れても腐っても花は花で草は草 あたりまえだよ
大切なのは見たままじゃなくその人の心や目を見てあげて感じた光を認めてあげる事にある
俺はそう思う。
今日も明日もくたばるまでずっとばかみたいにさけぶ。