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詩人:望月 ゆき
晩夏におとずれた出会いを、わたしはいとおしくてたまらなかった。
最初のデートでどこへ行ったかも忘れてしまうくらい、あなたのことだけを見ていたので、わたしたちにはアルバムをつくる時間さえもなかった。
今にして思えばそれはある意味正しい恋の仕方だったかもしれない。
わたしたちの流れてきた時間は、残しておいてあとで懐かしむためのものでもなければ、水槽の中に溶かして、もう二度とさがせないようにする必要も、なかった。
あなたのどこにひかれたのだろうと考えると、たぶん、笑ったときの口だった。数ミリ、はじっこが持ち上がる。
あなたはお腹の底から笑うことを知らないまま大人になったような人だった。それでもときどき、わたしがのべつまくなししゃべり続けて呼吸が苦しくなっているのを見ると、くすくすと笑ってくれたので、いつだってわたしは必死におしゃべりを続けた。
あなたの見知らぬ恋の話や、すきな音楽のことなんかを。
わたしはあなたがしてくれた見たこともないあなたの家族の話をきいているのがとても好きだった。
ふざけて、笑って、ころがって、高いとこから飛んだりもしたけど、それはただそのときの、よかったときの、わたしたちだった。
泣いたり、傷つけたり、だましたり、不意打ちのキスをしたりもしたけど、それは粉になって水槽の中に溶けて、消えた。
夢はいつか現実に清算されてゆくものだと、わたしがあなたに言ったとき、あなたが少し笑ったから、わたしはほんとうは泣きたかった。
かなしみもいつか、わたしの未来に清算されてゆくのだと、だれかがわたしに教えてくれたら、いい。
昨日、熱帯魚を一匹買ってきて、水槽に入れた。
ひらひらと揺れる背びれのうす紫を見ていたら、涙がこぼれた。