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[197974] 寝床

詩人:遥 カズナ

糊のきいた
いい匂いいっぱいの
真っ白なシーツカバーの敷かれた
布団だった

祖母は祖父に晩年に先立たれ
離婚したばかりの叔父と
二人暮らしだった
そんな母の実家に
お盆休みがてら預けられ
床についていると

夜中になにか不穏な物音に目が覚め
どうしてなのか
胸騒ぎに鼓動が高鳴っていた
祖母はぶつぶつ独り言を吐き
子猫のミャーミャー鳴く声がすると
古い玄関の引き戸を開け
外へと出ていった

叔父の怒鳴り声で目を覚ましたのは
翌朝の事だ
大人同士の喧嘩ほど
子供に怖いものはなかったが
会話の内容に
目眩がする程に困惑した

叔父が言うには
飼っていた雌の猫
それが産んだばかりの子猫達を
祖母は夜中に紙袋に入れて
そのまま海に放り棄ててきた
と言うものだった

「人間がやる事じゃない」

叔父は激しく祖母を罵った
戦時中を知る世代の祖母の方言は
あまりにも聞きとりずらく
よくは聞き取れなかった
それでも、布団の中にくるまり
とても泣いたのはよく覚えている

祖母は果たして人でなしだったのか
今はあの子猫達の事を思い出してみても
全く涙が出てこない

時代もあった

真っ暗な防空壕の中
轟く爆撃音に
小さく縮こまるしかなかったと
話してくた祖母
彼女にしてみれば
離婚して、酒浸りでろくに仕事もしない
猫を連れて実家に転がり込んできた馬鹿息子の面倒と
たまに訪れてくれる可愛い孫達に与える
愛情以外に生活に何の余裕も無かったのだろう

祖母は私の為に布団をしっかりと天日干しをして
まっさらな白い洗いたてのシーツの寝床を用意してくれ
気持ちの良い香りにつつまれながら
わけも分からない悲しみに涙させてくれた
けれど
産まれたばかりの猫畜生には
その優しさを微塵も与えず
それどころか紙袋に放り込み
ミャーミャー鳴くそれを海へと放り棄てた
海へ投じられた袋の中がどんなだったのかは
想像するのにはありに忍びないが
ただ私には
防空壕と紙袋の中の惨劇が
祖母を中心に重なってしまう

それでも
糊をきかせた白いシーツを
干し終えた時
祖母はさぞかし
空をあおいだだろとは思う

どんなに命に追いすがられようが

2023/04/23 (Sun)
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