詩人:望月 ゆき
ねえ、ブランシュ、
あのとき
あなたが越えようとしていたものがなんだったか
今のわたしにはもう
それを知る手だてもないけれど
あなたはいつも わたしの
理解の範疇をこえて
日常のただしさから
逃げているようなひとだった
窓わくを青に塗ったのは
空とひと続きになりたい、と
あなたが言って
わたしが笑った あの
朝八時の景色を
ずっと再生しつづけたかったから
遠くの丘の上に見えた 白い校舎と
そこからかすかに届く
チャイムの音だけが
この部屋から消えてしまった
あなたより、すこしおくれて
何万回も夢をみて
何万回も泣いたけど
そのたびに
でたらめな歌を口ずさんでくれた あなたが
ほんとうは夜がきらいだったことを
わたしはちっとも
知らなかった
ねえ、ブランシュ、
あれからたくさんの歌をおぼえたから
今ならひと晩じゅう わたしが
となりで歌ってあげられるのに
ねえ、
わたしたちは いつも
あまりにたくさんの意味をもちすぎる
曖昧なだけの言葉にふりまわされていて
点滅する、信号さえ
見失っていたよね
だけど それでもわたしは
しあわせだった
って言っても もう、
うそになるかもしれない
ねえ、ブランシュ、
日常は苦しすぎて
先のことなんて考えたことはなかったけど
今もまだ
テーブルの向かい側には
あなたの姿を見てしまう
すると
遠くの丘から かすかなチャイムが届き
あなたの吐くたばこのけむりが
壁づたいに 青い空へ
スポンジの模様で、消えていく