詩人:望月 ゆき
(あのひとの記憶がしずむ海は、いつしか防砂林で見えなくなった)
(越えられない高さに、すこし安心した)
砂が、降って
深く深く沈んで 底まで
皮膚だけが呼吸をわすれて、ねむる
いつしか あのひとの
面影にさいなまれることもなくなり
それなのに
容易に寝付けないまま
わたしの夜が音をたてる
わずかにずれていく音階に
からだを寄せると
遠く、幼きころ
鍵盤にそっとのせた
細い小さな指先のふるえを思いだして
いっそう 深く深く
沈んでいきそうになる
ソの音だけが いつも
弱々しかったわたしの、小指をとって
指きりのしぐさで笑わせた あのひとの
口ずさんでいた歌も
もう忘れてしまった
記憶の隙間には いつしか
砂が、咬んでいて
あたらしい毎日を保留にしている
防砂林をすり抜けて届く
かすかな振動が
わたしの皮膚を起こして 徐々に
不感症の夜が明けていく
見上げた景色を切り取ると
空の手前に電線がゆれていて
それは
行ったきり帰らない音が
のっていた五線譜の空白に
よく似ていた