詩人:Cong
車のタイヤがアスファルトを舐める音が響くほど壁の薄い
粗雑な建物に、慣れた手順で彼が私を閉じ込めた時、もう、
だいたいのことはどうでも良くなっていた。
関節の太い男の指が粗暴にブラウスの裾を広げ、手のひらで私の
乳房を掴んだ。
ここまでたった2週間での出来事だ。
先週の水曜日には私は彼が望む通りの約束をし、
先々週の水曜日には、確かLINEの交換をしたばかりだった。
それまでに彼が私の顔を見てくれたことがあっただろうか。
毎朝、全身鏡で眺める制服姿の自分の顔は、まるでラベルをペ
タリと貼り付けた人工的な表情をしていてQRコードを読み込めば
きっと値段が表示されるだろうな、なんて考える。
この取り繕った笑顔はおいくら?
このあと支払うだろう、ご休憩料金はおいくら?
あなたは私の顔を見ていない。
なぜこんな馬鹿な男と私はこんな場所にいるのだろう。
男が息を荒げ必死に何かに耐えている間、
ずっと私の意識は部屋の外のさらに外。
欧州を旅する列車のことを空想していると時間はあっという間。
インド洋の向こうはもう夏なのかな。
無遠慮な日本車の警笛が耳を劈く。空想がパンッと弾ける。
粘着質な触れられ方に希死念慮という言葉を連想する。
梅雨の空気は大嫌いだ。
雨が降り始めたのか。
新宿の曇天に雨を喜ぶアスファルトの拍手喝采でまた夏が遠のく。
私も濡らしてよ。QRコードを剥がしてよ。
夏が遠くなる。
今日の私は可愛いですか。
傘も持っていないなんて、なんて惨めな彼。
私はスマホで読み込まれるQRコード。
梅雨よ。これを剥がせよ、QRコード。