詩人:船乗り
狭い古本屋に入った
着物に眼鏡の看板娘がいた
宇能鴻一郎の鯨神を手に取る
三重県の山腹の集落は、豊かな体躯の女の形をした連山に囲まれてあると始まる
鯨神、と言う題を見て、鯨の肉の血臭さに少し唾気が湧く 今年一番の冷え込みだ、鍋にしたい
看板娘は風邪を引いているらしく、盛んに鼻をすする
蛇の血はとても生臭いが、体に良いとある 風邪などたちまちに治るらしい
女も蛇の血を飲めばいいのに
さらに、猿の血はもっと体に良い、とある
女も猿の血を飲めばいいのに、よく温めて
暫らくすると寒いですかとガラス戸を閉める 今日までは招客にと閉めずにいたらしい
猿が良いのだから人の血はもっと良いのだろうとある、そういうものかも知れないと思う
徐に眼鏡を外したこの女が、帯を解いて血をねだれば僕はどうするだろう
女は鼻をかむ その着物は濃い赤色で、もしかすると女はもう血を飲んでいるのかも知れない